仏弟子という名告り



萬行寺に57年間一役僧として勤めた老僧が昨日の深夜、静かに還浄しました。
法名は『萬行院釈静観』。院号は本人が生前に住職にお願いしたものだそうです。
生まれた時には法名とは別の名前をもっていましたが、いつのまにか周りの人は「ジョウカンさん」と親しみを呼ぶうちに本当に静観という名前が本名になってしまいました。

 その老僧は日本がパールハーバーを攻撃し、世界中で轟々と戦火が興る年に、生まれ故郷である時津町に帰ってきました。
彼の父もまた萬行寺の役僧さんでした。
63年前の8月9日。
市内の道ノ尾駅付近で原爆にあったと聞いています。その時に着ていた爆風などでボロボロになった僧服は今でも長崎の原爆資料館に展示されています。
それから体に火傷を負いながらも、その後に次々に運ばれてくる想像を絶するほどの数の遺体を前に前々住と父親の役僧さんと3人で必死に亡くなった門徒の葬儀をしたようです。
お寺の記録にはおびただしい数の死者の記録が残っているそうです。
その様子を聞くと、本人曰く、全くおぼえていないそうです。
そのような時代をくぐって、3代もの住職の元で役僧を勤めました。
そんな人柄を慕ってたくさんの人が参詣していました。
通夜は、住職のエピソード紹介で時折クスクスと笑いが出るほど終止和やかに行われました。
考えれば、仏弟子として一生を送るということが我々にとってとても大事なことなのだなと感じました。

葬儀はお寺で行いました。
過疎化の町から人を吸い上げるようになってしまったこの町は、急激な都会化とともに、自宅で勤める葬儀はほとんど無くなってしまいました。一年のうちの大半の家庭が住宅事情や周囲との関係が無くなったことなどにより、葬儀場で行います。
しかし、今日はお寺で行いました。ですから完璧ではありませんが、出来るだけ本式に近い形で葬儀を行いました。

御文会/おふみかい

4/8日はお釈迦さまの誕生日。降誕会(ごうたんえ)です。

今日は左底郷の御文会です。
萬行寺の相続講では、各地区の門徒がその当番になっている家に集まり、講を開き、お勤めの後、法話を聞いて寄り合い談合を行っています。
毎年この時期になると、各講では蓮如上人の書かれた御文を読む会が開かれます。
御文会は各講によってやり方が違います。
ある講では、一日かけて読破する処もありますし、毎年半分ずつ読む講や時間で区切って読むところなど様々です。
萬行寺では、どの講もおおよそお坊さんを呼ばず、自分たちで集まって自主的に行っています。
これも修行のうちの一つでしょう。
読めない人も読める人も一緒に読みますが、一日かけて読むとそれなりによめるようになるようです。古文なので難しいといわれる方が結構おられますが、それも読み進むうちに慣れてくる部分もあるようで次第に読むことだけは出来るようになります。
それに繰り返しお坊さんの法話を聞いていると、聞いたことのある言葉が出てくるとなんだか読めるような気分になってきます。

こうして一年に一回集まって御文を読むという習慣が真宗の門徒にはあります。

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『今月のなあに』より転載。

what's 御文?

「『御文』は、如来の直説なり」と存ずべきの由に候う。
         『蓮如上人御一代記聞書』   真宗聖典p878


真宗再興の祖と呼ばれる本願寺第8世の蓮如が真宗の肝要を解り易くまとめ、門徒に与えた手紙形式の法語。
本願寺派では御文章『ごぶんしょう』と呼ばれていますが、大谷派では『おふみ』とよばれています。

後に蓮如の孫である圓如(えんにょ)が、二百数十通の中から80通を選び、五つの章に分け『五帖御文/ごじょうおふみ』として改訂しました。
その五帖のうち1帖目から4帖目には日付があるものを年代順にならべてあり、5帖目には日付が不明なものをまとめてあります。
そのため、四帖目の最後、第15通「大坂建立」は、蓮如上人の真筆としては最後の御文となり、遺言ともいわれています。
五帖目には、『白骨の文』など、教科書に載っている名文や、『聖人一流』や『末代無智』などの真宗門徒必須の御文が書かれています。
もあります。
その他に、『夏御文(げのおふみ)』、『御俗姓御文(ごぞくしょうおふみ)』があり、それに載りきれなかったものを『帖外御文(じょうがい おふみ)』として網羅しています。

<蓮如上人と門徒>
いつも門徒たちと対座して法を語ったと伝えられる蓮如上人は、親鸞聖人が手紙によって関東の門徒を教化したという先例に倣われ、ことあるごとにこの御文をしたため、門徒に読み聞かせたり、また門弟たちのために書き与えられたと言いわれています。
この時代より、真宗門徒は朝に正信偈・和讃のお勤めを行った後、五帖御文を一帖ずつくり読みする習慣がはじまり、これが真宗の再興に重要な役割を果たしました。
また、このころから能や狂言、猿楽や田楽などの民俗芸能も盛んになり、民衆が勢いをもった時代でもありました。
当時、東洋伝導に訪れたヨーロッパの宣教師が日本を訪れた際、日本人の識字率の高さに驚いたという記述も残されています。これには御文の普及が民衆文化にも大きな影響を与えていたことも事実でしょう。

毎月28日は親鸞聖人の御命日定例です。

祝!!  総アクセス数10000突破!!拍手

どんな方が見られているか分からないのがインターネットの怖いところ。
しかし、述べアクセス数が10000アクセスとは・・・・。
何か商品を売っているわけでもないのにこんなに見てくださるとは・・・。
おかげで随分文章を書く機会が増えました。

それはさておき、今日は親鸞聖人の御命日定例です。

28日は住職の正信偈の話です。

おわたまし

今日は夕方から川口家の新居への引っ越しです。
ここに新しい本尊がやってきました。
新築にともなってお内仏も新しくしました。立派な仕込み式のお内仏です。
お内仏のわきには4畳半ほどの仏さまのお給仕をするお仏具場(おぶくじょう)もついていました。

今日は川口家は一日引っ越で大忙しでしたが、ひとまず、今日はこれで終わり。これから新居に住むにあたって、まず親戚・家族一同そろって「わたまし」をおこないました。




『わたまし』は、わたって来れられるという意味で御移徙(ごいし)ともよばれ、家のお内仏に本尊である阿弥陀如来をお迎えする式のことです。
よく云われることですが、先祖の霊魂を入れたり出したりする儀式ではありません。仏壇の修理・購入や新居へ移動したときなどにお寺にお願いして行います。

これから新しい生活が始まります。


まさに本尊を中心にした生活が始まります。

修正会/しゅうしょうえ

お寺の一年の始まりは、朝7時から勤める修正会(しゅうしょうえ)からです。
今年は例年より参詣が多いように感じました。
本来は5日間勤めるものだそうですが、萬行寺は朝のお朝事としてつとめます。
和讃も1番最初の「弥陀成仏のこのかたは」からで、御文も1帖目一通から読みます。

法話は、正月の「ケ」と「ハレ」のはなしで、いかにして真実でないことを真実であると信じて私たちは迷信に狂うのか、「念仏者は鬼神に仕えなず」という話でした。


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屋根掃除



今日は毎年の萬行寺の建物全体を世話してくださっている職人さんとの忘年会です。
昼間には屋根瓦の掃除等をしていただきました。
ごちそうでした。


これで後は残すところ25日、28日の両度のご命日定例を残すところとなりました。
年が明けると、いよいよ報恩講が始まります。

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年末の風景/すすはらい



早いもので今年もすすはらいの季節になりました。
この一年間にたまったススやホコリを落として新年を迎えます。
天井や屋根の上も掃除します。


普段は登らないところまで拭きました。


おかげさまで奇麗になりました。

その後はおいしいお斎をいただいて解散です。


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教行信証拝読の会 謝恩会



今年も一年間よく勉強しました。
勉強の速度はカタツムリのようなものですが、それがかえっていいのではないかと思います。
焦らず急がず怠けず。
振り返ったり、何度も確かめたりしながら少しずつ進むのがかえって良いのでしょう。
一生に学べることはそう沢山はありません。「ローマは一日にしてならず」「百里の道も一歩から」一思いに何でも出来るのでもなければ、自分の一世代で全てを成してしまうことなどましてはできません。広さより深さが大事です。
知れば知るほど、欲張りな自分の愚かさに気づかされます。
または、大事なことに触れていながら見逃してしまうこともあります。
そんなものなのでしょう。

教行信証は、どこをつまんでも読み応えのある書物ですから、ゆっくり読んだ方が味わいの深さは一層ではないでしょうか。問題はいかに知ったかより、如何に学んだか(=いただいたか)が大切なのでしょう。

そんなこんなで開講から32年目の謝恩会です。



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萬行寺法徳会/まんぎょうじほうとくえ

今日は萬行寺の法事でした。

16世住職 大寂院釋静雄 亀井静雄  50回忌
   坊守          千代 
17世住職        亀井信之 
   坊守          孝子  3回忌

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白道会 還暦祝い

萬行寺には白道会(びゃくどうかい)といわれる男性の門徒会があります。
今日はその会の還暦者のお祝いをしました。
会長さんの尽力もあり、毎年の参加者は2〜3人ほどだったものが、今年は40人ほど集まり、とても盛況でした。


<住職のはなし>

60歳という年齢は、定年になったりと人生も終盤になって行く頃です。
ということは、いままで走りに走り続けた人生を今こそ見直す時期です。
これから先、一人一人と友人や家族などが亡くなっていったり、子や孫ができたり、行く行くは自分もそのようにしていのちを終えていくものだということが、無常の道理としてしみじみと感じられる歳になって来ているはずです。
そういうことも含めて、自分の人生の道場として、お寺に集い仏の教えを聞いていくものになってください。


今年還暦を迎える人は7人が来ました。

そのあとの食事の時も遅くまで酒を飲んで賑やかでした。



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朝の風景











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年末の風景



今日は長崎教区の若手学習会、偶願洞(ぐがんどう)と忘年会です。
偶願洞は、長崎教区の役僧、若院を中心とした学習会で、かれこれ10年以上続いている学習会です。
基本的に各寺の役僧・法務員や若院などとの交流のために始まりました。
それぞれがお寺の法務にあたって感じていること、思っていることなどを話しあう集まりです。

一応、まじめにお勉強。
テキストは「親鸞聖人御消息集」です。




その後は、近所の赤提灯で忘年会。
二次会は繁華街。
行こか戻ろか思案橋にてはしご酒・・・・。

毎年の年末の風景です。