御遠忌団参でいこう!! 二日目 2、日野誕生院 


    誕生院正面
ここは西本願寺の飛び地境内だそうです。
 江戸時代末期の文化年間(1804〜17)。西本願寺の第十九代門主・本如上人が法界寺境内地は親鸞聖人誕生の地と検証し、法界寺と交渉の末、一部を譲り受け大正12年(1923)の立教開宗700年記念の記念行事として本堂・書院の改築が計画され、昭和6年(1931)に本堂が完成したのだそうです。
本堂正面
もっと古い建物なのかと思っていましたが、以外に新しく出来たお寺だったのですね。知りませんでした。恥ずかしい。




御遠忌団参でいこう!! 二日目 1、日野法界寺



ここは開基が伝教大師最澄とされている真言宗醍醐派の別格本山だそうで、親鸞聖人は日野有範の子としてここでお生まれになられたとされています。ここの本尊は薬師如来があるらしいのですが、秘仏となっているそうです。
「日野薬師」あるいは「乳薬師」の別名でも知られている薬師信仰の寺なのだそうです。

 寄せ棟の屋根がかっこいい薬師堂
 ここには国宝の阿弥陀堂があります。その堂内には11世紀末頃の作といわれる高さ2.8メートルの阿弥陀如来像が安置されていることでも知られています。ここへきて初めて知ったのですが、この本堂は比叡山にもある常行三昧堂の形式で建てられていて、この中で常行三昧の修行をするお堂だそうです。
「常行三昧/じょうぎょうざんまい」とは、堂内に百日間籠り阿弥陀如来の周りを念仏を称えながらひたすら回続ける修行だそうですが、比叡山では一番厳しい修行ともいわれているそうです。ここではそれぐらい厳しく修行をされるのかはわかりませんが、親鸞聖人が比叡山に登られ、たくさんある修行の中からなぜ常行三昧の修行を選ばれたのか疑問でした。しかし、すでにそのご縁はこの法界寺で阿弥陀堂に由来しているのだと初めて知りました。

桧皮ぶきの屋根がとてもいい感じの阿弥陀堂

    山門からの眺め

      庫裏





御遠忌団参でいこう!!  〜一日目〜

いよいよ待ちに待った御遠忌。またとない勝縁です。
早朝六時集合。15分出発です。バスにて一路福岡空港を目指します。そこから伊丹空港までの1時間ほどのフライト。長崎教区の第一組の団体参拝ですが、バスは一台萬行寺の貸し切り状態。
他のお寺は乗り合わせて長崎空港からの出発ですが、萬行寺はちょうど一台分の参加者でしたので、去年からの航空各社の大型飛行機が飛ばなくなったことで福岡空港から飛ぶことになりました。
長崎は曇りで雨は降りそうにありませんでしたが、大阪はあいにくの雨で傘が必要です。



まずは親鸞聖人が最初に草庵を建てたと言われている岡崎別院へ。隣接して『専修念仏の道場』と書かれた看板がかかかっている大谷専修学院岡崎学舎があります。


その後は、「親鸞聖人750回忌 真宗教団連合40周年記念
親鸞展 生涯とゆかりの名宝」へ。



東西本願寺をはじめ、真宗十派の本山や寺院などが所蔵する国宝、重要文化財を通して「親鸞聖人の教えと生涯」、「浄土真宗のひろがり」、「伝来の名宝と美術」をみる。国宝、教行信証(坂東本)など国宝9件,重要文化財36件を含めた約130件を展示だそうだ。

教行信証(きょうぎょうしんしょう)(坂東本[ばんどうぼん])親鸞筆 6冊
紙本墨書 鎌倉時代・13世紀 京都・東本願寺蔵
正式名称は『顕浄土真実教行証文類(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)』という。浄土真宗の教義の綱格(こうかく)と念仏往生の真義(しんぎ)を明かした根本聖典である。現存諸本のうち唯一の親鸞真筆本で、全篇に残された記号や朱筆、校合(きょうごう)・推敲(すいこう)の筆からは、親鸞の思索の跡をうかがうことができる。坂東報恩寺(ばんどうほうおんじ)(現 東京都台東区)に伝来したため「坂東本」とも称される。

三帖和讃(さんじょうわさん)親鸞筆 3冊
紙本墨書 鎌倉時代・13世紀 三重・専修寺蔵
「浄土和讃(じょうどわさん)」「浄土高僧和讃(じょうどこうそうわさん)」「正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)」の三帖からなっており、仏菩薩や高僧の徳を讃えた讃歌は日々のお勤めの中でも最もなじみ深い。「浄土和讃」と「浄土高僧和讃」は、親鸞76歳の宝治2年(1248)完成の225首の和讃に、大勢至(だいせいし)和讃を8首加えて成立したもの。外題(げだい)のほか浄土和讃の首尾の振仮名や左訓、表裏見返しの文言などが親鸞自筆で、本文は親鸞直弟で専修寺第2世の真仏(しんぶつ)の筆と考えられている。また、正像末法和讃のうち第1首から9首目までは親鸞自筆の草稿である。
(展示期間:4月19日〜5月29日)



安城御影(あんじょうのごえい)1幅
絹本着色 鎌倉時代・13世紀 京都・東本願寺蔵
建長7年(1255)親鸞83歳の肖像画。原本がはじめ三河国(愛知県)安城に伝わったことから「安城御影」と呼ばれる。西本願寺本と同様の像容で草履や杖などの愛用品とともに描かれるが、状態もよく、老齢の親鸞の相貌が見て取れる。絵の上下3段に記された賛は『浄土論(じょうどろん)』などからの引用で、西本願寺本とほぼ同じで若干異なる箇所もあるが、いずれも親鸞真筆とみられる。
(展示期間:4月19日〜5月1日)
親鸞聖人坐像(しんらんしょうにんざぞう)1躯
木造 南北朝時代・14世紀中期 三重・専修寺蔵
この像は、もとは専修寺(せんじゅじ)境内東側に所在の慈智院(じちいん)に安置されていたもの。聖人83歳のときに画かれた「安城御影(あんじょうのごえい)」を手本に、寄木造(よせぎづくり)の木像とし、祖師像の立体化を目指して制作された作品。像高30.5cmという小さな像ではあるが、 絵の中の聖人像をよく活写し、現存する聖人木像のうちでも最も古くかつ優れた作例として評価されている。この像の胎内納入文書と伝える書状により、南北朝時代・14世紀半ばころの制作と考えられている。

第2幅



親鸞聖人絵伝(しんらんしょうにんえでん)(万福寺所伝[まんぷくじじょでん])6幅
絹本着色 南北朝時代・14世紀 京都・西本願寺蔵
掛軸に親鸞の生涯を描く「絵伝」は、絵巻物形式の「伝絵」の絵の部分だけを抽出(ちゅうしゅつ)したもので、時間をおって画面下から上へと描かれる。この「絵伝」は甲斐(かい)国等々力(とどろき)万福寺に伝来していたもので、親鸞が善光寺に参詣している様子など、ほかにはみられない独特の場面が織り込まれている。
(展示期間:3月17日〜4月17日)
歎異抄(たんにしょう) 蓮如(れんにょ)筆 2巻
紙本墨書 室町時代・15世紀 京都・西本願寺蔵
親鸞の没後、関東の門弟のあいだで、もともとの教えとは異なる見解が生じたことをなげいて書かれた親鸞の法語録(ほうごろく)。著者は常陸(ひたち)国河和田(かわだ)の唯円(ゆいえん)だとされている。これは蓮如筆の書写本で、現存する最古の写本である。第三条「善人ナヲモテ往生ヲトク、イハンヤ悪人ヲヤ」の一節はつとに有名である。
そのほか主な出陳予定

親鸞筆十字名号(三重・専修寺)、親鸞筆八字名号(三重・専修寺)、親鸞筆六字名号(京都・西本願寺)、鏡御影(京都・西本願寺)、安城御影(正本・副本/京都・西本願寺)、◎熊皮御影(奈良国立博物館)、親鸞御影(左向/三重・専修寺)、親鸞聖人絵伝(愛知・願照寺)、観無量寿経註(京都・西本願寺)、阿弥陀経註(京都・西本願寺)、◎加点本浄土論註(京都・西本願寺)、浄土三経往生文類(京都・興正寺)、◎唯信鈔(三重・専修寺)、◎一念多念文意(京都・東本願寺)、◎尊号真像銘文(三重・専修寺)、◎見聞集(三重・専修寺)、◎浄肉文(三重・専修寺)、太子和讃(京都・東本願寺)、浄土文類聚鈔(京都・東本願寺)、◎親鸞聖人書状類(京都・西本願寺)、親鸞聖人消息(京都・東本願寺)、◎慈信房善鸞義絶状(三重・専修寺)、□親鸞聖人坐像(三重・専修寺)、◎親鸞聖人坐像 (新潟・西照寺)、◎本願寺聖人伝絵(康永本/京都・東本願寺)、恵信尼絵像(京都・龍谷大学)、◎恵信尼書状類(京都・西本願寺)
国宝 ◎重要文化財 □県指定品 ○市指定品

子ども会巡回 浄正寺


今回は立神にある浄正寺にお邪魔しました。浄正寺は長崎市の東立神町にあります。ここには三菱造船所があり大きな船をつくるためのクレーンや機械などがにょきにょき立っています。
浄正寺は一昨年住職が代わりました。ここにはまだ日曜学校はありませんが、これからなんとかしてやってほしいものです。
今日ははじめてお寺に地元の子どもたちがやってきました。おばあちゃんやおじいちゃんにお寺に行くようにいわれて来たそうです。100円玉を賽銭箱に入れるのもはじめて、お寺の仏さまを見るのも初めてのようでした。
その様子を見ていると、そうだこのためにこの子ども会巡回を始めたんだったと思わされました。大事なことだと思います。
お勤めをすませ、法話も聞きました。ゲームも大盛り上がり、残念ながら今回は萬行寺の子どもたちは参加しませんでしたがこれまでで一番楽しい巡回ではなかったかと感じました。子どもたちも生き生きしてお寺って楽しいところだと感じてくれたことでしょう。
子どもたちは元気にかえって行きました。今回は参加人数が少なかったこともあり、かえってそれがいい効果を生んだのかもしれません。
今回来てくれた子どもたちがまた次のお寺であえることを楽しみにしています。あとはこれまで回ってきた各寺がどのようにこのご縁を生かしていけるのかではないでしょうか。

別院報恩講大逮夜

別院報恩講も残すところ後一日。今日は長崎教区第2組の団体参拝の日です。

佐世保別院の報恩講は長崎教区の重要な行事の一つです。長崎教区は教務所を長崎市内にもち、そこでは毎月、毎年非核非戦法要を行っています。佐世保には別院を持ち、毎年の報恩講には長崎各地から多くの団体参拝が来て賑わいます。また、初日は子ども報恩講が行われ、たくさんの子どもたちでにぎわいます。


 佐世保別院は商店街の中心にある島ノ瀬公園から国道を渡った向かいにあります。今は周りをビルに囲まれてしまい通りからは本堂は見えなくなっています。
場所は行きやすいところにあるのですが、初めてくる方は迷う方が多いようです。通りからは階段が見えるだけですし、正面近くに歩道橋があり、見えにくくなっています。
はじめてご参詣される方はご注意ください。




別院報恩講

出仕に当たって座配の確認。和讃の確認、注意事項などの確認を行います。式司配は長崎教区第2組光照寺の住職さん。
2010年 別院報恩講

一列に並んで出仕を待ちます。出仕の順番は年功序列となっています。
2010年 別院報恩講


佐世保別院報恩講(子ども報恩講)

佐世保別院の報恩講は、長崎教区の年間行事の中でも最も重要な法要です。
長崎教区の年間行事では、佐世保別院報恩講・夏安居・非核非戦の3本柱が重要な活動としてあります。これを中心として長崎教区は教化活動を展開させています。



今日から始まる別院の報恩講では、子どもを中心とした報恩講からはじまります。本来の法要は大人や子どもの区別なく参詣するものなのでしょうが、どうしても法要となると大人のものと思われがちなのですが子どもの集いもちゃんと用意されています。かつてはおばあちゃんやおじいちゃんに手を引かれてお寺に行った時代もありましたが、今は核家族化の時代。時代に相応した教化活動が求められています。しかし、児童教化はなかなか難しいと感じます。子どもを遊ばせる手だてはありますが真宗の教えをどのように伝えるかといえば頭を抱えます。お寺は子どもたちにも開放されたパブリックな場所ですが、多くはそこで止まってしまいます。しかし、それでも「お寺に行くと楽しいことがある」といってやってくる子どもたちがいるのも事実でしょう。
あまり欲張りすぎるのも良くないのかもしれません。『お寺は遊び場』というフレーズに違和感を持っていますが、それでもそこからしかはじまらないのだと考えると、それも仕方がないと感じます。
そこにこの報恩講の願いがハッキリしなければいけないのではないかと思います。





今回の参加人数は大人と子どもをあわせると500名をこえています。毎年のことですが、満堂の子どもたちで本堂が埋め尽くされます。





紙芝居も盛況。
親鸞聖人の物語は今回が初めてです。





宝つり。




スタンプを押して、プレゼントをゲットしよう。


子ども報恩講の準備

子ども報恩講まで残すところ後一日。
ラストスパートです。各ブースの準備や報恩講の荘厳も準備が進んでいます。


毎年恒例の人形劇も準備が着々と進んでいます。今年の人形劇は『山伏弁念』をやるそうです。せっかくの報恩講ですから、親鸞聖人の物語やジャータカ、お釈迦さまの物語、教典の物語などきりがないほどいっぱい仏教の物語は山ほどあるので、それを毎年やってほしいなぁ・・・・・。




昨日のうちに設計図の通りに組み立て完了。
いくつか現場に来て修正する点がありましたが、おおよそ上手く行きました。



大掛かりなものはツリーハウスとモンキーブリッジといわれる綱の橋。こちらは昨日で準備完了。


今日は早めに帰って、明日に備えます。

子ども報恩講の準備

毎年恒例の佐世保別院報恩講の季節がやってきました。
報恩講のかわきりに子ども報恩講が有ります。きょうはその準備として萬行寺で巨大迷路の準備を行いました。
今年は長年の願いであった巨大迷路をつくろうということになり、早くから準備が進められています。各自自坊の法務がある中準備にかけつけてくれました。


作業自体は対したことはありませんが、あらかじめ早めに下準備をしておかないと、当日バタバタして大変なのでここで作業を行っています。
作業はパネルの作成と色を塗るだけの作業です。

今月の遇願洞

お待ち受け大会もおわり、今年も残すところわずかになりました。
遇願洞では、『真宗同朋会運動』について学ぼうということになっていますが、なかなか遅々として進まずにいます。真宗同朋会運動とは一体なんだろうかと度々考えます。

 そもそも問題の所在が明らかにならないなどということ自体が問題なのではないかと思います。
宗門を取り巻く問題にしても、各寺が抱える問題にしても、各個人が抱える問題にしても問題は依然として眼前にありながら、その問題の実態が明らかにならないと言ってること自体が問題なのではないでしょうか。つまり、この問題は教団や寺院、家庭といった集団そのものに問題があるのではなく個人の心の中に問題を問題としない有り方が内在しているのかもしれません。

 真宗同朋会運動は『自信教人信の誠を尽くす人(にん)の誕生』を願って運動は進められていますが、あるところでは「この運動はまだはじまっていない」といわれる方もいます。または「終了宣言をした方がいいのではないか」といわれる方も中にはいます。どれも積極的な意見としてですが、いずれにしても一体この運動が何なのか実態がつかめないということはあろうかと思います。
 問題を集団や制度などにすり替え自分の心の在り方に目を向けないでいてはいつまでたっても問題の所存は明らかになって行かないのではないでしょうか。
『自信教人信の誠を尽くす人(にん)の誕生』とは、問題を外に求めるのではなく、自信に根ざした、いわば「個の自覚」が大切なのではないかと感じています。

子ども報恩講にむけて

毎年恒例の子ども報恩講。
毎年のようにくたくたになりながらも準備をやっています。
今日はそのための全スタッフが集まっての会議。とはいっても全員集まるのは不可能。
何人かでスケジュールの打ち合わせや準備事項の確認を行いました。

真宗大谷派 長崎教区 婦人会50周年記念大会



いよいよ本番です。
この日のために長い間準備をしてきました。
何事も初めての経験で苦労も多かったようですが、それでもなんとかここまでこぎ着けました。
この度の経験が次の経験になることでしょう。


73人の大コーラス隊で仏教讃歌を歌います。
企画自体は婦人会らしいプログラムで、男性では思いつかない企画で同じ教区の中でも色々な発想や色々な企画があっていいのではないかと思います。
ある時は手堅くまじめに仏法を語らう会があってもいいでしょうし。門徒の方々が気楽に知り合いや友人などをさそって参加できる大会もあっていいでしょう。または広く宗教に関心のない人も含めて色々な人に広く公開される大会があってもいいと思います。
人が寄り集まれば文殊の知恵。人があつまる集団は広がりとしなやかさをもっていたほうがいいように思います。
長崎教区では5月にお待ち受け大会を開催したばかりでしたが、今回の大会も運営の方針やそれに関わるメンバーそれぞれの個性の違いがでていて同じ教区のでもコントラストが効いていて面白いと感じました。


舞台の看板を取り付けます。


一楽先生のお話がありました。
講題は『念仏を申す生活』。
念仏を申す生活は現代を生きる私たちにとって、どのように関わり、どのように繋がっているのか。現代の諸問題を通じてそれぞれがそれぞれのまま通じ合える世界を求めている。しかし、どこかでその関わりを拒絶しようとする心がある。それはなぜなのだろうかと問われました。

長崎教区婦人会50周年記念大会へ向けて

いよいよ9月に入って大詰めの段階に入りつつあります。
当日の執行体制作りの確認や当日の段取り等について話し合いが持たれました。

参加者もおおよそ大入りのようです。



<開催趣旨>

 長崎教区婦人会連盟が結成五〇周年を迎えました。来春には宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要の御勝縁に重なり誠に喜ばしい限りです。
 私たちの先輩方は五十年前、宗祖の御遠忌お待ち受け大会の中でこの聚まり―僧伽―を生み出してくださいました。時代社会の問題と私のあり方をテーマにして宗祖の教えを聞き続けられて来られた先輩方の姿を改めていただくとき、時を越えて今現在の私が問われ、身の引き締まる思いがします。
結成時の初々しい熱意は真宗同朋会運動の推進の中で「ただしい信心に生きましょう」「家庭を念仏の道場にいたしましょう」というテーマを生み出し、念仏申す声が満ちあふれたことでしょう。その後「若い婦人に仏縁を」との願いが広がり、組ごと、寺ごとの歩みを促してくださいました。
長崎教区では「非核非戦―共に生きる」という大きなテーマを掲げ、戦没者、とりわけ原爆で亡くなった方々の声なき声を聞きつつ、亡き方から問われる私のお念仏とは、と自問してきました。その歩みは集骨所に携わってくださった先輩方を憶いながらの学びであり、今も脈々と続いています。
 社会においても家庭においても婦人の果たす役割は大事であるといわれていますが、私達は、今、何をすべきなのでしょうか。
 昨今のニュースには心が暗く重くなるばかりです。人間が一緒に暮らすところでは必ず問題が起こります。どこの家庭でも例外ではありません。それぞれ、夫婦、親子、兄弟、姉妹等という形で出会っていながらゆきちがいがあります。私達は、何も言わなくても通じ合えると考えますが、その行きちがいを感じた時、深い痛みを感じます。しかし、その痛みこそ家族に寄り添えるチャンスです。
 私たち真宗門徒の生活は「お内仏」を中心としてきた伝統があります。
「親は親、子は子」ではなく「親の子であり、子の親」であることを、もっと認識して見出してゆく生活をしていきたいと思います。この中に念仏相続の願いがかけられているのです。

 前に生まれん者は後を導き、
 後に生まれんものは前を訪え、
 連続無窮にして、
 願わくは休止せざらしめんと欲す。
 無辺の生死海を
 尽くさんがためのゆえなり。
              『安楽集』