報恩講 おみがき

報恩講の準備は「おみがき」から始まります。おみがきは法要の前に仏具を磨き、キレイにして如来さまをお迎えする仏事です。

現在、萬行寺では年に4回のおみがきを各地区の当番でお願いしております。それでも煤や埃などで結構汚れています。今回は報恩講ということもあり、お荘厳の仏具はフル装備なので数も多く大変です。今回の担当地域は左底・久留里・野田の3地区です。


 

新年互礼会 報恩講はじめ

いよいよ今日から報恩講の一週間の準備が始まります。長い二週間です。まずはじめにそれぞれの地区にお願いしている担当のお仕事を確認するために集まっていただきました。それから新年の挨拶も含め、報恩講に向けていよいよ始まります。

宗祖親鸞聖人 報恩講 厳修!!

 

今年もいよいよ報恩講が始まります。

 

今年は萬行寺創建370年目にあたります。

 現在の場所は「六屋敷(むつやしき)」と呼ばれ、亀のようなに突き出た岬の丘上に六つの屋敷があったと伝わっています。現在、その屋敷がどのような役割のどのような人の住む屋敷であったかはわかっていません。おそらく庄屋であったか、武家屋敷ではなかろうかと想像します。

 ここから100メートルほど離れた場所に「小嶋(こしま)」と呼ばれていた埋め立て島に草庵が建てられたのが萬行寺の濫觴です。そこで布教が始まり、おおよそ四十年くらい経って現在の六屋敷に移され、そこに一宇の坊舎を建立し、西本願寺より本尊と太子(聖徳太子)・七高僧の御影が下付され、寺号を「亀水山萬行寺(きすいざんまんぎょうじ)」と名告ったと言われています。

境内に現存する井戸(現在も飲料としてい使用可能)は萬行寺創建以前からあり、六屋敷時代から使用されていたものです。

本堂から見下ろす階下の細い旧街道は秀吉の禁教時代に殉教した二十六聖人が最初に歩いた道と伝わっています。

二十六聖人は萬行寺創建以前の事ですが、当時の時津には長崎では一番多くのキリスト教の信者が住む街だったといわれています。

宗祖の報恩講をお勤める道場を門徒は「真宗寺院」と言っているわけですから、萬行寺の報恩講は三七〇回を迎えると言っていいと思われます。現在、八千以上の大谷派寺院があるそうでが、その中で一週間報恩講をお勤めするお寺は少ないといわれます。古くは京都の本山から遠く離れた地域の真宗寺院は法要を一週間に渡ってお勤めする寺は多かったそうです。

ここ長崎では現在七ヶ寺が一週間の報恩講をお勤めしています。その理由の一つは、当時の大村藩の施作によって堂宇の大きさが決められ、一週間勤めなければ参詣者全てを収容できなかったというのが一つの理由ではないかと私は見ています。

かつてはそれだけの参詣があったのでしょうね。今となっては考えられないことです。

 報恩講は法要が始まる一週間前の15日から準備を始めます。そこから法要の終了までに述べ250名程のご門徒が汗を流されます。それまでに各地区よりお斎の野菜、本堂の灯油・火鉢の炭・御華束の餅米(約50キロ、餅約5700個分)・灯明油・炊き物の蒔・仏華の松・御華束のミカン(120個)・御佛供米・御斎(おとき)の準備などなど法要に必要なすべての志が如来へのご恩報謝として上がります。

このようにして真宗門徒の生活は「毎日が報恩講」とまでいわれるように、朝晩のお勤め一つにおいても如来への御恩報謝といわれます。そして聖人の御仏事をお勤めするのが真宗門徒である証とまでいわれています。

なぜ、我々の先達はそこまでして浄土真宗を仰がれたのか訪ねてまいりたいと思います。

この度の法要は先に案内したテーマでお勤めいたします。

ご家族や有縁の方々を誘いあって、参詣くださいますようご案内いたします。
萬行寺住職 釈大攝

年末大掃除

歳末になりました。年末の大掃除が毎年の恒例行事です。

一年間で溜まった汚れを落としていきます。

 今日は本堂や庫裏、境内などの天井や加部 一年間に 今日は本堂や庫裏、境内で一年間にたまった煤や汚れをおとします。
 普段はあまり掃除しない天井や電気の傘、柱のうえの方もきれいに掃除しました。
これで萬行寺の一年間の行事は毎日のお給仕と25日と28日のご命日を除いて、一応終わりになります。
 大掃除が終わって、みんなで御斎(おとき)をいただいて解散しました。
一月にはいよいよ報恩講が始まります。

今年最後の御命日

歳末の礼には信心をもって礼にせよ。

  『蓮如上人御一代記聞書16 真宗聖典p857』

 

毎月28日は10:00より親鸞聖人のご命日です。

今年最後のご命日です。1月は報恩講がいよいよ勤まります。

 

「非核非戦」に憶う

「仏説無量寿経」には、法蔵菩薩は世自在王仏が説かれる国土人天の善悪と麁妙を聞き、覩見して五劫思惟して無上の願を建立されたと説かれている。

非核非戦の碑文には「共に生きよ」とも刻まれている。『「非核非戦」これは法蔵菩薩の叫びである』と仰った先達がある。まさに法蔵菩薩はあの原子爆弾の縁に出遇ったいのちの声を聞き覩見し、心願に応じて願を興された。まさに人間の深き闇を覩見し、諍い合わねば生きられぬ人間の心に「核に非ず、戦に非ず。共に生きよ」と叫んでいると言えるのではないだろうか。おもえば釈尊は

怨みをいだいている人びとのなかにあっても、われわれは安穏に生きよう。

怨みをもっている人びとのあいだにあっても、われらは怨みなく安楽に過ごそう。「ダンマパダ」

と言われている。

「現に共に生きているのだから、そのまま生きていきなさい」とは竹中智秀先生の言葉。まさに法蔵菩薩が獅子吼しているようである。

年末年始のお知らせ

12月31日

除夜の鐘

23:00より本堂に上がってお参りされた方に整理券を配布します。

除夜の鐘においでになる方は「数珠」と「賽銭」をお持ちください。(お持ちでなくてもお参りできます。)

 

1月2日   

朝7:00から8:00

新年初参り

修正会(しゅうしょうえ)

仏教徒ならば新年は「如来さまに手を合わせ一年を始めましょう。

中学生が来寺

日曜日の午後から長与に住む5人の中学生が萬行寺にやってきました。

社会勉強の一環として、お寺を身近に感じてもらいたいということで、5人が通っている塾の先生の発案によって実現しました。

とても仲良しの5人組です。

まず正信偈をお勤めし、お話をしました。

短いお話でしたが、真剣に聞いてくださいました。

お話の後に自己紹介をして、あらかじめ用意してきた質問をしてもらいました。とても素直な質問でした。

その中に「ルールは何のためにあるのですか?」

という質問には、一瞬どう答えればいいのか考えてしまいした。

「お寺ってどんなところだと思っていましたか?」と逆にこっちからも質問させてもらいました。

「心を見つめるところ」

「修行をするところ」

「堅苦しいところ」

などとなんとも素直な答えが返ってきました。

また、そのなかで一番印象に残った応答は「学校で教えてくれない事を学べるところ」という答えです。そこにお寺の存在意義があるように思います。

以前に日曜学校の子どもたちに同じ質問をしたときにも同じことを言っていたのを思い出しました。学校では学べないことがここにはあるということも子ども達にとってはひとつの驚きと新鮮さがあるのでしょう。

5人のおおかたのイメージとして、お寺は「精神修行をするところ」という印象のようでした。

その中の「堅苦しい」という印象は精神修行というイメージから来ているのではないかと思います。修行をするところという印象はとても大切にしなければならないことではないでしょうか。これまでお寺が人々のあいだで永らく大事にされてきた要因の一つだと思います。これもお寺でなくてはできないことの一つですね。

欲を言えばこころに学ぶ楽しさを感じてもらえればいいなとも思いました。

あるいはお葬式をするところってイメージはない?という質問にはみんなが「うん」と答えました。

「手を合わせることって一日にどれだけある?」という質問もしてみました。一人を除いて「6回以上」という質問が返ってきました。

一日に3回食事をいただくとして、一回に「いただきます」と「ごちそうさま」の2度手を合わせから6回です。それ以上手を合わせるという子はいませんでした。また、5人とも。おばあちゃんやおじいちゃんの家に仏壇があると答えてくれました。ですから、普段の生活の中で仏さまに合掌することはなくとも、両親の実家などに帰った時はお仏壇に合掌することはあるようです。

 

 初めは緊張した様子でしたが徐々に緊張もほぐれ、夕飯はモリモリ食べおかわりをして元気に帰って行きました。

こちらもとても勉強になり、とても楽しいひと時でした。またおいでください待っております。