秋季彼岸会/3日目

2010年秋彼岸法要

人間の歩み 〜善導大師の人間観〜

 真宗の教えの伝統の中で人間をどのように観てきたかということについて、善導大師は「西に向かいて行かんと欲する」(二河白道の喩/真宗聖典p219)ものだといわれています。西というのは真実の国である浄土を表しています。一歩一歩浄土に向かって確かに歩んで行っている。真実の国に生まれたいと願い真実を求めながら歩きつづけるものを人間とよぶのだと善導大師はいわれるわけです。私ども人間は有志以来そうやって人間になりたい本当の人間になりたいと歩みを続けてきたのです。その歩むべき道を「汝らが欲している世界はこのような世界ではないのか」と私たちに具体的な世界として明示してくださっているのでしょう。


先祖とは私たちにとってどういう存在か

ですから我々が心の底から願っている人間成就の道を我々の思いさえも届かない深いところから見つめ、我々の思いを超えた深い如来の願いの中で我々のいのちは育まれているという意味があるのに、そういうことに心ひらかず、耳をひらかず、目を開かず生きているという現実の中に我々は放り出されている。そういう阿弥陀の精神に呼応しながら生きて行く生き方を表現したどたどしくあらわしながら、遅々たる人類の歩みの中に何億年・何万年という有志以来のなかにそういう願いを我々の先達は育ててきたのではないでしょうか。それがやっと届けられているその灯火を私たちはこれから生まれてくる子どもや孫たちに伝えて行かなければならない。こういうことがあるのではないかと思います。
こういう言葉があります。「亡き人を案ずる私が、亡き人から案じられている」我々が亡き人を案じているということが我々の意識だけれども、本当は亡き人は我々のことを心配し続けているということがあると思います。案じられているということの尊さに目を開くためにいわれているのですが、仏事を行う時に皆さん方は喜んでなさっていますか?終わってしまうとこれで終わったと安堵して終わっていませんでしょうか。これはつまり自分の思いを満足させ、自分の気持ちを整理し、自分の気を休めている。そして自分の思いを叶えて落ち着いているという心なのではないでしょうか。そういう風に仏事を行って「これで死んで行ったばあちゃんもじいちゃんも満足するだろう」と、そんな言い方を聞いたことはありませんか?そういう風に教えをきいているわけですよ。聞いている耳は自分本位な根性に立っているわけです。そういうものから土起立して、離れて、向こう側から実はわたしが願われている。問われている精神に立つということが自立するということなのではないかと思います。




人間は豊かな気持ちで一生を終われるかどうかということが人間の課題だろうと思います。
ところが豊かな気持ちで一生を終わるということを勘違いしないようにしなければいけませんね。どう勘違いするかというと、周りには子どもがいて子どもたちには迷惑をかけずに、何の不自由もなく不安もなく、しかも気持ちよくあの世に送ってもらうことが豊かな気持ちだと思っている。そのようなことでは満足できないような問題を我々は抱えているのです。そのくらいのことでは人間が本当の人間として実は生きたとはいえないことを我々は実は望んで満足しようとしているんですよ。思いの通りになるようなことくらいでは人間が人間としての本当の慶びを持てないのではないかと思います。そんなことでは人間の存在は計ることも出来ないし、もちろん本当の意味で満足はできない。人間存在が心から求めていることはもっと大きく深いものですよ。

豊かな気持ちで一生を終われるということ。これは念仏を申しながら阿弥陀の浄土にまいらせていただく以外に道はない。真実の教えに出遇い、その永い伝統の中にわたしといういのちが恵まれ、この教えに出遇って生きることが出来るということがまことに尊いことであったということをあらためて感じ取るということが大事だと思います。
人間の歩みは一歩一歩踏みしめて行くのでしょうが、やはり遅々たる歩みだと思います。私たちの一歩前を歩んでくださっている人がいるということはどんなに励みになるかということを思います。浄土という教えはあなたたちが拠るべき国がひらかれていますよと一歩一歩後ろからも押してくださる。そして前空手を差し伸べて導いてくださっている。その両方の中に自分が立っている。そのことを思っているわけであります。

秋季彼岸会/2日目



法話:坂田智亮師(福岡県みやま市 法讃寺住職)


==========================================
人間とは何か 〜人間が人間であることの根拠を知る〜


彼岸法要とは、いわば「浄土に生まれたいと願う一週間」。
わたしたちは浄土に生まれたということを願い続けることが自分がこの世界に生まれたことの意義として明らかになるのです。または『願生浄土』という道は、我々が生きたことが生きたこととして成就する道なんです。
この身はいつ終わるかは解らない。しかし浄土に生まれるということが自らの人生を完結していく唯一つの道なんだと受け止めて生きている人にとっては、浄土というはたらきは我々にとって、いかに理性と知性と計らいと分別の狭い世界観の中で悩み苦しみもがきながら浄土という真実世界から遠くはなれた此岸(=穢土)という世界でウオサオしながら生きていることを知らされるという相対関係になっているわけでしょう。そういうことがわたしは大事なのではないかと思います。だから「浄土に生まれる」ということは、自分がどのような世界の中でどのようにして生きているのかという自覚の問題なんだといわざるを得ません。

現代という時代に『彼岸』とか『此岸』とかいう言葉によって紡ぎ出されるような世界観が見失われていることが残念だと思います。これは現在を生きている我々が人間として生きている根拠を喪失しているということに他なりません。

仏教・真宗といわれる教えはその宗(かなめ)を明らかにしようとした歴史をもっている。だから宗教という問題はとても大事なんです。宗教の”宗”は「むね」とか「もと」などと読む。我々の人生を貫いて支え続けているような宗(かなめ)。扇子も要が大事でしょう。少々破れていても要だけがしっかりしていれば扇子としての役割を果たせるでしょう。それと同じで”宗”ということをはっきりさせることによって人生の問題や人生そのものの問題がハッキリしてくる。それがはっきりすれば、いつ死んでもいいしいつまで生きてもいいという世界がひらけてくるわけです。

 私たちは人間として生まれ、そして生きていると思っていますが、私どもは人間を人間として生み出し、人間として生きている根源が明らかにならなかったならば、この一生を簡単に終われないのでしょう。だから苦しむんですよね。そういうことを教えられるはたらきに出遇えなければ、我々は結局ウロウロして「何のために生まれてきたのか」「何のために生きて来たのか」そのことがハッキリしないままに終わらなければならないということになるでしょう。それを明らかにしようというのが『宗教』ということなんです。

『浄土の真宗』という教えは、浄土という教えによってその宗(かなめ)を明らかにする道なんだということが彼岸という法要で願われていることだと思います。

秋季 彼岸会 /初日



彼岸(ひがん)とは、一般的には春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のこと。 また、この期間に行われる仏事(彼岸会)のことをいいます。
元々は中国から伝わった習慣でしたが、海を渡って日本に伝わった後、中国の先祖崇拝の習俗と混ざり合い、いつの間にか祖先を祀(まつ)ったり追善供養する行事へと変化していきました。

彼岸は古いインドのことばでParamita(パーラミタ)といいます。日本語に翻訳すると「波羅密」(はらみつ)となり、英語では「Parfect」というのがそれにあたります。つまり仏陀(ブッダ)の覚り(さとり)のことを指しています。仏陀という呼び名は覚者(かくしゃ)という意味があり、これは「修行を完成させた者」または「真理に目覚めた人」ということです。
彼正式には「到彼岸(とうひがん)」(彼岸に到る)と謂われていますから、仏陀のさとりである涅槃(ねはん)に到るために修行を行う日。
つまり仏道修行を行うための行事と受け止めるのが素直な受け止めではないかと思います。

修行は元来、仏陀(覚者)になるために行うものです。その最終段階が釈尊が到ったといわれる「涅槃」とよばれる境地であるといわれてます。
ブッダを目指して菩薩(道を求めるもの/修行者)たちは修行を行うのですが、そこには6つの実践徳目があります。これを六波羅密といいます。この六つの波羅蜜行の徳を蓄積して、遠い未来の生において一切智の正等覚者として無師独悟するのだそうです。

布施波羅蜜 - 檀那(Dāna ダーナ、だんな)は、分け与えること。dānaという単語は英語のgiveに相当する。
      具体的には、財施(喜捨を行なう)・無畏施・法施(仏法について教える)など。檀と略す場合もある。
持戒波羅蜜 - 尸羅(しら、Śīla シーラ)は、戒律を守ること。
      在家の場合は五戒(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ることを指す。
忍辱波羅蜜 - 羼提(せんだい、Kṣānti' クシャーンティ)は、耐え忍ぶこと。
      あるいは怒りを捨てること(慈悲)。
精進波羅蜜 - 毘梨耶(びりや、Vīrya ヴィーリヤ)は、努力すること。
禅定波羅蜜 - 禅那(ぜんな、Dhyāna ディヤーナ)は、特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。
      段階としては四禅・四無色定・九次第定・百八三昧などがある。
智慧波羅蜜 - 般若(はんにゃ、prajñā プラジュニャー)は、物事(主に四念処)をありのままに観察する「観」(毘鉢舍那 vipaśyanā)によって、思考に依らない、本源的な智慧を発現させること。

七高僧の第一の師である龍樹菩薩は『宝行王正論』で
布施・持戒 -「利他」
忍辱・精進 -「自利」
禅定・智慧 -「解脱」
という3つのカテゴリーに分け、「自利・利他・解脱」の三つに尽きると解釈しています。これは大乗仏教独自の説であるといわれています。




============================
初日の法話:若院

(法話資料)

1 称名念仏ということ 

仏身をみるものは仏心をみたてまつる。仏心というは大慈悲これなり。(観無量寿経)
                                      安心決定鈔末
称は御名をとなふるとなり、また称ははかりというこころなり。はかりというはもののほどをさだむるとなり(一念多念文意)

称(稱)・・・・1 となえる。たたえる。    →唱えるではない。(導くという意味=自力)
         2 目方をはかる。(はかりを手であげる形の字)
         3 つりあう。名付ける。呼び名。
名・・・・阿弥陀仏のこと。名号
念・・・・・心に深くとどめて思う。
     常に心の中にあって離れないおもい。
     常におもいつづけること。
     いつまでもおもいつづけること。
     口にとなえる。口を大きく動かさずに低い声で口ずさむ。

解字
   心+今=常に思う意。
仏・・・・・・仏陀の意。覚った人(覚者)
(余談「ほとけ」は、浮屠家(ふとけ)がなまったもの。卒塔婆が変化したものともいわれている。)


2 念仏の利益とは?
◯まず『利益』ということ
 例え)車の利益とは難でしょう。→一度にたくさんの人を楽に素早く移動させることが出来る。
しかし、その利益は車に乗らないと利益をいただけない。それと同じように、念仏も申してみないとその利益はいただけない。
◯では、念仏の利益とは?
念仏するものを阿弥陀如来が救ってくださる。
※念仏の声を聞くと、その人に念仏することを思い出させるはたらきや念仏申すことを忘れていたことを知らせるというはたらきもあります。


<念仏の種類>
◯称名念仏/憶念念仏
善導は憶念の念仏は絶えず称名することによって仏恩を臆念できるので、憶念念仏は称名念仏の中に入っているとし、称名念仏することを勧めた。
◯観想念仏
観無量寿経に説かれる観想のこと。
善導は観想の方法で仏の相を思い浮かべるのは難しい方法で、凡夫が往生するには称名しかないと説いた。

<真宗の念仏修行ではないもの>
◯壇波羅密の行=瞑想を繰り返して、仏の相を脳裏に刻む修行 
     (称名念仏はこれではない)

 a、仏を憶念するとは?
 <法蔵菩薩の物語>
 遠い昔、定光仏(錠光仏/燃燈仏)という仏がこの世に出られ、量りしれない人々を教え導いて覚りに至らしめたこの世を去った。その教えは何千年も何万年経っても信じ続けられたが、ついに誰もそのことを語る者もいなければ聞いたこともない時代になってその教えは滅びた。
そのようにして次々に五十三の仏が人々を教え導いては去っていった、そうして最後に世自在王仏という仏がこの世界に出給うた。
その時代の国王であった無諍念王という国王は、仏の教えをきいて大変喜び、その教えに説かれている真の道を求める心を興し、国を捨て王位も捨て、欲と思われるものは全て捨て沙門
(出家者)となり、名を「法蔵比丘」改めた。かれは世自在王仏のもとで厳しい修行に明け暮れた。そのすぐれた才能と知恵は世に及ぶものがなかった。ある時、法蔵となった無諍念王は世自在王仏のそばに行きこういわれた。
「世尊、わたしは真の教えを覚りたいと願っております。どうか私のためにその教えをお説きください。わたしはその教えのままに道を修め、生きることに苦しむ全ての者をわたしの浄らかな国に生まれさせ、一人たりとも見捨てずに救いたいと願っているのです。」
そう申し上げると世自在王仏は法蔵菩薩に次のように応えた。「その仏国土を建てることは汝自ら知ることが出来るであろう。」と。
次いで法蔵菩薩が申し上げた。「世尊よ、このようなことは仏のような眼を持っていないわたしには広く深くわかる世界ではありません。どうかこのわたしに広い仏国土の世界をお説きください。」と深々と頭をたれた。
そうして世自在王仏は、法蔵菩薩となった無諍念王の願いが仏になるべき菩薩と知りこういった。
「法蔵よ喩えば人がいてその人が大海の水を全て汲み出そうとする。そのためには量りしれない年月がかかるであろう。しかし、そのことを常に忘れず励み続けるならば、遂には汲みほし、その底にある宝を取り出すことができるであろう。人がもしこのように心を専らにして道を求めることを止めないならば、必ずその願いを果たすことであろう。」と、仰せられ彼のために二百十億の仏の国々の相を顕してつぶさにその違いを説いた。
 法蔵菩薩はこれらの浄らかな国々をくまなくみて、世に超え勝れた大いなる願いを建て、そのことをどのようにしたら成し遂げられるだろうと五劫という長い間思惟に思惟を重ねついに四十八の本願を説くにいたった。

 生きることに悩み苦しむ人々とは我々のこと。未だに法蔵菩薩は我々のために修行をしてくださっている。その物語を仏像や絵像で形として現したものがご本尊の阿弥陀如来像である。


真実信心の称名  
定散自力の称名  自力称名の人はみな、仏智疑惑の罪により、七宝の獄にいましめり
2 仏を観察する 
 (仏身を観ずるをもってのゆえに、また仏心をみる。仏心というは大慈悲これなりp106)
合掌礼拝をする時は下を向かない。下を向かないということは目を閉じないということ。ではどこを見るのか?それは仏を見る。仏の姿はどのようになっているのか、どのような形なのかどのような姿をしているのか。よく観察しなければいけない。(真身観)

<第十七願> 諸仏称名(しょぶつしょうみょう)の願
設我得佛、十方世界 無量諸佛、不悉咨嗟 稱我名者、不取正覚。
【書き下し】
 設い我、仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、わが名を称せずは、正覚を取らじ。  

5、助業と正定業
<総結三選の文> 行の巻 p189
『選択本願念仏集』源空集 に云わく、南無阿弥陀仏 往生の業は念仏を本とす、と。 また云わく、それ速やかに生死を離れんと欲わば、二種の勝法の中に、しばらく聖道門を閣きて、選びて浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲わば、正雑二行の中に、しばらくもろもろの雑行を抛ちて、選びて正行に帰すべし。正行を修せんと欲わば、正助二業の中に、なお助業を傍にして、選びて正定を専らすべし。正定の業とは、すなわちこれ仏の名を称するなり。称名は必ず生まるることを得、仏の本願に依るがゆえに、と。已上

<安心決定鈔>p949
念仏というは、かならずしも、くちに南無阿弥陀仏ととなうるのみにあらず。阿弥陀仏の功徳、われらが南無の機において十劫正覚の刹那より成じいりたまいけるものを、という信心のおこるを、念仏というなり。さてこの領解をことわりあらわせば、南無阿弥陀仏というにてあるなり。                                     
 



彼岸の準備/花立て

今日は一日かかって華をたてます。
大谷派の仏華の基本は池坊の立花となっています。いまでもお寺では「こみわら」をつかって華をたてます。現在では花をたてるには便利なものがたくさんありますが、あえてそれを使わず昔ながらの伝統に則ってたてています。とはいってもなにもかも昔のままではありませんが・・・・。
中尊前と祖師前・御代前。それから余間の二幅。前部で5幅いけます。これだけいけるのに一日がかりです。門徒の華方が朝から本堂に集まってきて華をたてています。
今日は葬儀が入って年忌法事や七日勤めがあるために朝からバタバタしていました。

出来上がりは一部形がまばらなところや基本の通りに出来ていないところも見受けられましたが、それも続けていくうちに少しずつ上達していくのではないかと期待しています。

 これまで先輩方がやってこられた華のたて方を手本とするのではなく、その先輩方が学んだ先生の華のたてかたを手本にすることが大事ではないでしょうか。
くれぐれも我流や自己流を主張せず、あくまで仏国土の荘厳であることに気を配りましょう。
 自分の考えを固定して、「教えてやらねば」という教化者になってしまえば、「自らが学ぶ」ことはそこで停滞してしまいます。
大切なことは自分の考えを固定的しないことでしょう。そのためには自分の心の向かい方はどうであるか問うとことも大事なのではないでしょうか。


 どのようにいけるのがいい華なのか、それはテクニックだけではなく、日頃から自然に生えている草や木の枝振りなどをよく観察し、その心を知ることが大事でしょう。草木が生えて太陽に向かって伸びるままにいけるのが一番いいのではないかと思います。枝はどうなって生えているのか、葉っぱはどの向きで生えているのか、幹はどうなって生えているのか、草花を細部までよく観察しましょう。
また、仏さまの花を生けるということはどういうことなのかと思索を進めることも大事なことのひとつでしょう。

花や草や葉っぱに教わるのです。仏華は「自力」ではなく、「他力」でいけましょう。(なんちゃって・・・楽しい

明日もまた葬儀です。

彼岸の準備/お磨き

今日は「お磨き」です。
今回は日並地区の担当です。


仏具を磨くのは大切な仏事です。本来ならば、法要の度ごとに、汚れていても汚れていなくてもお磨きをすることが本義でしょうが、忙しいのであれば、せめて自分の親や兄弟や家族の年忌法事を行うときには仏具を奇麗に磨いて仏さまを向かい入れましょう。

お参りにいくところで「何年も磨いていないだろうな」と思うご家庭がありますが、気がけて磨くことをお勧めします。思っているよりも仏具は汚れていますよ。ほったらかしにしているとどれだけこすっても落ちないほどにしぶとい汚れとなります。お参りに伺うご家庭の中には購入してから一度も磨いていないという方もありましたが。お仏飯器は食べ物を盛る道具ですから気がけて磨くようにしましょう。



彼岸会の準備

いよいよ涼しくなり、彼岸の季節になりました。
「暑さ寒さも彼岸まで」と一般的に言われますが、長崎では10月に行われる祭り、『おくんち』がすむ頃までは寒くならないといわれています。確かに彼岸をすぎると、平均気温はぐっと下がりますが、出歩く時は半袖と長袖が両方が必要です。衣替えのタイミングが非常に難しい時期ではありますね。

ということで、明日から本格的に彼岸にむけての準備が始まるわけですが、萬行寺では20日〜24日の5日間彼岸法要が勤まります。みなさんどうぞお参りください。

あしたは『お磨き』です。お磨きというのは、「仏具を磨いて法要を迎えよう」というお待ち受けとして非常に大事な仏事です。


一つ一つ仏具をおろして、明日に備えます。


明後日は仏華をたてに華担当の門徒さんが集まってきますから、花瓶(かひん)もきれいに磨かなければいけません。そのために一つ一つ華を解いていきます。
ちなみに大谷派の仏華は池坊の立花でたてます。


永代経法要3日目

永代経法要3日目。

最終日のお経は「仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)」。
このお経は、三つのお経(浄土三部経)の中でも一番短いお経で、真宗の中では一番親しみのあるお経です。
4枚程の紙に収まるところから『四紙経』とか『小経(しょうきょう)』とも呼ばれています。一番大活躍のお経です。
このお経は、三部経の中でも一番古い教典で、5世紀の初め、鳩摩羅什三蔵(くまらじゅうさんぞう)という三蔵法師によって翻訳されたお経で、内容は阿弥陀仏の国である浄土世界の様子がえがかれています。




『為永代先祖供養』

永代経法要2日目

朝(10:00)と夜(7:30)ともに漢忠夫氏のお話。


朝に勤まる法座を日中(にっちゅう)・午後から勤まる法座を逮夜(たいや)といいます。
どれが基本なのか解りませんが、おおよそわたしが聞いたかぎりでは、正式には逮夜(たいや)法座は日が沈むまでの時間にするようです。ですから、午後は食事が済んで休憩したあと行われるもののようです。日中の間にはお斉(おとき =仏事の時の食事のこと)があがってから逮夜のお勤めがあがると聞いています。
しかし、萬行寺ではなるべく若い人が仕事が終わって食事して、ゆっくり出て来やすい時間にとの配慮から7:30という時間になっています。みなさんどうぞ気軽においで下さい。


2日目のお経は『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』。このお経にはお釈迦様が実際に起こった親殺しの事件を、お釈迦様独特の方法で解決される様子が物語として描かれています。
昨今の世の中は殺伐としているといわれ、親が子どもを殺したとか、子が親を殺したという事件をテレビや新聞などで見る機会が多いような気がします。しかし、このお経の中にもあるように、お釈迦様の生きておられた時代にも子どもが親を殺すという事件があったようですから、人間の世はあまり変わっていないということが云えそうです。

お経に『王舎城の悲劇おうしゃじょうのひげき』という名前の物語として親しまれています。
お釈迦様が父親を殺しても、そのことを罪とは思わない息子を抱え、苦しんでいる母親を救う様子が描かれています。
また、ほかの教典には、父親を殺したその息子がお釈迦様の教えにであって心を入れ替えてお釈迦様の弟子になる物語もあります。または、その息子に父親を殺すようにそそのかした男が心を入れ替えてお釈迦様の弟子になる話も法華経にかかれているそうです。

お経は物語で書かれたもので、文学的にも表現豊かで多くの人がその物語を小説や戯曲にしたり、映画や舞台などでも多く書かれたり上演されています。中にはみなさんがよく知っている物語が「え、これってお経に書かれた物語だったの?」というものもよくあります。

===========
漢忠夫先生のお話は『為永代先祖供養読経』の意義。
なぜ「先祖の為に経を読む」のかということについて丁寧にご法話されました。

永代経法要初日

今日から3日間永代経法要が始まります。

初日のお経は『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』が読まれます。このお経は親鸞聖人がその主著である『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の最初のところで、

それ、真実の経を顕(あらわ)さば、すなわち『大無量寿経』これなり。
                     教行信証 教巻 真宗聖典 p152


といわれているように、とても大事にされていたお経です。
この『真実の経』というのは、たくさんあるお教の中でこれだけが本当のことが書いてあって、どの今日よりも優れているという意味ではなく、「真実とは何か」ということが書かれているお経ということです。

ですから、親鸞聖人はわざわざ”顕(あらわ)す”という漢字を当てて表現されているのです。この顕(あらわ)すとは、「書き表す」という意味として使われる言葉です。
むかしからどのお経が、真実のお経かという論争が、宗派の争いとなっていますが、そのことにふれての云われてたのではなく、真実という形而上学的なものを具体的に言葉として示されたという意味として使われています。



初日の日中は住職の法話。夜(7:30)からは漢忠夫氏のご法話。
「為永代先祖供養読経」”永代の先祖の為に経を読む”法要の意義とは何かということを、先祖と私たちとの関係において大事なことをお話しされました。


萬行寺報恩講お待ち受け/講上がり

萬行寺では毎年この日に各講の講頭や講の門徒が集まって相続講のまとめの法要で、「講上がり」とよばれています。
早口で云うと「こわがり」と聞こえるので、子どもの頃は何が怖いのかと思っていました。

いわば「報恩講お待ち受け法要」です。



「講」とは集まり。または「集い」のことをいい、本願時8代目蓮如上人の時代に各地で始まったものです。
各寺によって呼び方は様々。
以前から相続講の組織形態や集まりが教団の資金集めと化しているとの批判もあり、問題視されてもいます。
そういったことから各地の寺院でも様々な工夫がされているようです。
萬行寺では「昔ながらの呼び方を残したい」という意見が多く、そのまま「相続講」と呼び習わしてきました。
各地区の相続講の取りまとめ役のことを講頭(こうがしら)と呼んでいます。
今日はその講頭と有志門徒の集いです。



相続講の主な活動内容は、講頭を中心に毎月の聞法会、年に一回の御文拝読会、各月の法要へのよびかけ、報恩講などの寄り合いを行い代々念仏相続をしてきました。




 蓮如上人は、「寄り合い談合せよ」と門徒に教化されました。
寄り合ってお互いが本尊を中心に語り合うことによって見聞を広め、それぞれが自覚的な真宗門徒として育つことを薦められました。
 また、地域ぐるみで葬儀や法要などの仏事を行ったり、各地域とのお寺の参り合いなどに発展し当時としては画期的なシステムとして地域に受け入れられようです。
それによって地域の活性化や交流も盛んに行われ、念仏の教えが普及するきっかけになったともいわれています。

 蓮如上人の功績は「一文不知のともがら」とよばれた、差別や偏見や様々な悲しみ悩みを抱え、底辺で苦悩する当時の門徒に「講」を公開することによって、仏法を慶ぶ仲間同士がお互いを教化しあい、悲喜共同しあい真宗を再興されたといわれています。

 現在は「寄り合い談合」といえばいい印象はないようですが、本来は「サロン」の意味合いをもっていました。
蓮如上人の時代にも、この相続講の中から強大な力を持った門徒衆たちが自由自治のコミューンをつくって一向一揆に発展したりと、さまざまな問題を興したことも歴史的にはあったと伝えられています。
 蓮如上人はその沈静化のために自ら筆をとり、講中の門徒に行ないを慎むよう戒めるの御文を書くほど力をもった講も中にはあったといわれています。


お斎をいただいて解散です。





作上がり法要

『作上がり法要』が始まりました。

 昔の人は農閑期になると、「農作業も一段落。静かに本を読むような時間も出来たから、そろそろお寺に行こうじゃないか。」といってお寺に仏法を聞きに集まっていました。
それは他に楽しみを知らなかったからだといえます。もっというならば、現代のような楽しみは必要がなかったのだと思います。
現代に生きている我々からすると、昔の人の生活は今と比べると不便で、夏はクーラーもなくて暑く、冬も暖房も寒くて、現代のような快適な生活を知らないのだなと考えてしまいます。
しかし、それは便利な生活を謳歌している現代人から観たみかたでしょう。しかし、昔の人は最初からそのような生活は知らないのですから必要ないのです。
昔より今の方が進んでいるとは言えないのです。

 たとえば、古い家にいくと、玄関が土間になっているところを見かけることがありますが、現代の住宅では土間ではなく、コンクリートで固められた水はけのよい衛生的な玄関です。
これを現代の視点から見ると、土間というのは不衛生でもあるし湿気も多く扱いにくいものとうつります。
そう思うと、土間はコンクリートがなかった時代のその代用品としてあったんだなと想像します。
しかし、それは現代hじゃ生活に土間を必要としない生活スタイルに必然的になっていったからであって、その時代には必要性として土である事が大切だったのです。現に畳の生活は無くならないだろうといわれていることからも、容易に想像できます。
土間はコンクリートの代用品ではなく、土間である必要性があったのです。

 現代の住宅は、外と内をさえぎり、外とは全く違う空間を作ることによって、生活を快適に保つということが中心となっています。
それに対してかつての住宅は土間に代表されるように、周りの環境、自然。そこにあったものをいかにして生かし、そして自然と共存するかが大切にされてきました。
現代、テレビなどでよく放送される諸の社会問題や冷淡な犯罪の多くの原因は、そういった人間の力による自然との共存が無くなったことに由来していると言われています。それに関係して感受性の欠落から社会との関係性の欠落、または働くことばかりで、ゆっくり自分のことを考える余裕や場所がないことから来ていると指摘されています。
そうして自己を守るために個人主義のという考えが発達してきました。こういった背景が住宅事情にも反映しているようにおもいます。


 そんなかつての土や川や空と格闘し、それによって恵みをいただく。そのようないわゆるスローライフを営む暮らしは無くなったようです。
ゆっくり静かに物事を考える・・・・そのような時間はとても大切だなと最近ことに思います。

 今はたとえ生活が貧しくとも、心が豊かでのびのびした生活はまれになってきているようです。
 ただ慌ただしく一日中仕事に終われ、家へ帰ると疲れはてて寝てしまう。そのような殺伐とした毎日の中にあっても、人の心は常に本当の意味で解放されるような有り方を求めているのではないでしょうか。


「作上がり」ということばから感じるのは、昔の人たちの生活の豊かさです。

永代経法要最終日

今日で法要はおしまい。法座は日中のみです。
午後からはお隣の三重の正林寺にて、御遠忌お待ち受け大会準備委員会、総務部の会議です。(なんだか長たらしい名前だなぁ)

今日は参詣は上々、阿弥陀経があがりました。
この三日かけて『為永代先祖供養読経/永代の先祖の供養の為に経を読む』ということをお話しされました。
「先祖供養」というと、私たちの方から差し向けるという風に受け取られがちですが、そう言う有り方ではなく、先祖の方から私たちの方が願われている。こういった教えを真宗では、如来回向(えこう)とか・他力と言い表してきました。教えを聞いて立派な人間になっていくような向上の道ではなく、浄土の教えは向下の道であるということを法然上人は説かれました。
つまり、私が先祖をたすけるという方向ではなく、先祖から「おまえは念仏しないとたすからぬ身を生きているのだ」と知らされる身であるということを気付かされる。
ここに如来回向・他力ということの深い味わいがあります。
つまり「自力無効」。
いつでも努力して頑張ることを自分の手柄として蓄え、それによって立派な者になって行こうとするような有り方では、本当の自分には出会えない。

むしろそうい有ありかたりも、自分の愚かさを素直に受け止めていけるような有り方がずっと周りとの関係をも良くし、自他ともに生きるということになっていく。
そう言う有り方を親鸞聖人は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉でもって、自分が凡夫であることに無自覚な者と自覚的な者の有り方を明確に語られたと唯円は書き記しているのです。