報恩講レポート ー2日目ー

  • 2007.01.23 Tuesday
  • 20:05
二日目は、夜の参詣人は少なめでしたが、お昼は賑やかでした。
お話は、昨日に引き続き、「無量寿経巻下」の文を中心にしたお話です。

(以下はメモより一部抜粋)
◎真実をつかもうとしても、つかめない。真実の方からやってくる。
◎真実それ自体があなたのところにはたらく、真実でない者に、真実ははたらく。
◎信心とは、こころのふかいところを明らかにし、照らしだすもの。
◎如来が私に施してくれた道が、わたしが趣き求める道になる。


 如来とは、”来るが如く”と書きます。真実の方からやってくるということは、真実が真実でないわたしのもとにやってくるという意味です。
 そこで思うのは、本尊に手を合わせる時に、つい下を向いたり、目を閉じたりしてしまうのは、目の前にある本尊、阿弥陀如来(真実)が目の前に現れているのに、その姿を見ず、自己を中心にし、自分のなかにある、”不確かな自分”に頼ろうとする相(すがた)なのではないかと感じました。そこに、真実に生きる事ができない自らを照らしだす「信心」というものが必要になってくる。そして、そこに「自己とはなにか」という”人生の根本的問い”が生まれてくる。そう感じました。                (大攝)

報恩講レポート ー初日ー

  • 2007.01.22 Monday
  • 15:56

いよいよ始まりました。

お昼のお勤めは、伽陀・登高座がはいり、普段の三濁(みつゆり)より重く音程も高い、五濁(いつつゆり)、ハイトーンでのお勤めでした。
今日の法話は、日中は住職、夜から25日の日中まで岡本英夫先生です。

岡本先生は丁寧に、「無量寿経巻下」の最後の部分、
善知識に遇い、法を聞きて能く行ずること、これまた難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持すること、難きが中に難し、これに過ぎて難きことなし。このゆえに我が法、かくのごとく作し、かくのごとく説き、かくのごとく教う。応当に信順して法のごとく修行すべし。」聖典P86
というところについて、なぜ「難中之難」なのか、「かくのごとし」とはどういうことか、一文字一文字の意味、言葉の使い方、親鸞聖人の受け取り、そしてなぜこの教典が無上涅槃(真実)に至る道であるのか、について丁寧に話してくださいました。        (大攝)

報恩講レポート ー準備最終日ー

  • 2007.01.20 Saturday
  • 21:30
きょうは報恩講準備の最終日。
今日の人数は40人、お華束と華がやはり時間がかかります。

一つずつチェックしながらやっていきます、こうして手間をかける事によって、受け身ではない、その人一人一人の主体的な報恩講になるのではないかと思います。

そのあと、打ち上げをしました。
囲炉裏端でにぎやかな声が遅くまで聞こえていました。

明日は日曜日、さらに年忌・法事を済ませた後、萬行寺の法務員全員で境内と本堂の掃除・荘厳をし、報恩講に備えます。

報恩講レポート ーもちつきー

  • 2007.01.19 Friday
  • 15:09
今日はもちつきでした。
浜田と浦郷の門徒さん総勢約70人で、お華束(おけそく)用の餅6000個と、お華束をつくりました。
まさに人海戦術です。お昼には作業が終わり昼食を食べて解散しました。



そとではもちをふかしていました。

報恩講レポート ー華方ー

  • 2007.01.18 Thursday
  • 18:01
報恩講の華立てでした。今日は夕方までかかったようです。あしたもあさからです。
ご苦労様でした。
門徒はスタッフ。お客は、如来・聖人です。
如来聖人を迎えるこころとはどういうものか、と考えます。
そこで、つくづく感じるのは、報恩講とは、日頃のわたしのこころが試されている法要だということです。




今日もおつかれさまでした。

archives

recent comment

profile

search this site.

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM