今月のテーマ/煩悩を断ぜずして涅槃を得る その2

  • 2008.02.03 Sunday
  • 22:26
前回は親鸞聖人が比叡山での煩悩を断ずる修行についての疑問でした。

では、釈尊の修行とはどういうものだったのでしょう。
しかも、その厳しい修行をした釈尊の教えから、なぜ煩悩を断ぜずして涅槃を得ると親鸞聖人はいえたのでしょうか。

 太子(釈尊)の修行生活は六年の長期にわたった。
極端な断食をはじめとして、心を統制して呼吸を止めるなど、言語に絶する苦行を実修した。
太子の体は枯れ木のようにやせ衰え、生きた屍のようになったが、心が平静となっても、迷妄からの解脱の望みはみえてこなかった。
かくして、そういう苦行一辺倒の修行は、肉体の疲労困憊により、かえって精神の働きを朦朧とさせるだけで、精神を明晰にすることによって、迷妄を断ち切るという目的を達成しうるものではないことを悟った太子は、むしろ、肉体を健全に保つべきではないかと考え、ついに苦行をすてる決心をした。
6年の勤苦の座から、かろうじて身を起こして立ち上がった太子は、ネージャランジャラー河の流れで身を洗い、やっとの思い岸辺に見を横たえ、深い眠りに入った。折しもそこを通りかかった村の少女の捧げた乳粥により、衰えた体力を回復していったのである。


                     東本願寺出版『大乗の仏道』より一部抜粋


そうして釈尊は、煩悩を断ちつくす事によって修行を完成するということの無益さを知るのです。
しかも、そこを通りかかった村の少女の捧げた乳粥によって”食べなければ生きていけない”人間の現実を教わったのかもしれません。
肉体を健全に保つには、食事を食べることが必要です。逆にいえば食事をとらなければ健全な修行も肉体も思考も成り立たないといえるのです。




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今月のテーマ/煩悩を断ぜずして涅槃を得る 1

  • 2008.02.02 Saturday
  • 13:39
      比叡山での修行の疑問

親鸞聖人在世のころは、釈尊入滅してすでに千年以上が経ち、すでにさとりが適わない時代、末法の時代といわれて久しかったのです。
そんな頃の比叡山での修行テーマは、「断惑証理/だんわくしょうり」といわれていました。
”人間の心は元々清浄なものである”という考えに基づき、あらゆる煩悩を断ち尽くす事によって清浄な心になり、さとりに達するといわれていました。
いわば、諸行成就の修行によって覚者となった釈尊を追体験し、釈尊と同じ悟りが得られるとしてきました。

 そのためには、それを妨げるさまざまな欲望や、深い執着に打ち勝とうとする強靭な菩提心と精神力でもって、持戒(戒律を守ること)し、そのことをより間違いなく勤め励むことが求められました。
 そのような人間の精神力に対する大きな信頼の上に、断惑証理という修行が成り立っていたのです。
しかし、いくら断っても断っても常におそってくる洪水のような煩悩の大河にいつでも押し流されないように出来るのは並大抵のことではありません。
むしろそれを断とうとすることによってさらに煩悩の焔が燃え盛るのを聖人は感じていのでしょう。
修行すればするほど、若き日の聖人は自らの凡夫性に目覚めていったのかもしれません。


インドから中国北部のシルクロードを通り、海を渡って日本に伝わった仏教は「大乗仏教」といわれ、全ての人が無条件に平等に救われる道です。
聖人は後の著書、『教行信証』の総序の文に

        難度海を度する大船        真宗聖典p149

と大乗仏教を表現されました。
人生の苦悩を海にたとえ、その苦難の海を有縁の人々と共に渡っていく大きな船であるといわれています。
しかし、大乗の根本道場といわれた比叡山では、厳しい修行に耐え、精神を磨くことがテーマでした。聖人も不断念仏をとなえる常行三昧堂の堂僧勤めをしていたといわれていますから、ずいぶん若い頃には厳しい修行をされていたようです。
その成績も山の中では優秀だったといわれています。

しかし、そういった厳しい修行が修められる者だけが仏に成れるのだとすれば、大乗の仏道は成り立たない。
まして餓えや飢饉で苦しい現実を生きなければならない人々や、海山に狩りをし、漁をする人々。食うために客にご機嫌を伺って生活を成り立たせる商人はどうして行けばよいのか。
さらに、女人禁制のこの山。不浄といわれ、仏縁を結ぶことさえ出来ないといわれる女人はどうやって救われていくのか。
そういった限られた人にのみ許される仏道修道のあり方に聖人は純粋な疑問や矛盾を感じていたのです。


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さらに続き

  • 2007.12.01 Saturday
  • 17:54
たとえば、親鸞聖人在世のころの比叡山では、次の人たちが入山を禁止されていました。

女性・・・・・・・三穢、もしくは修行の妨げになるもの
猟(漁)・・・・・・殺生を犯すもの
商人・・・・・・・妄語を犯すもの
罪人・・・・・・・既に罪を犯したもの
 
といった人たちで、これらの人々は、その生まれによって、職業によって、自らの行いによって戒律を守ることの出来ない者として入山が禁止されていました。

引き続き罪の問題

  • 2007.11.30 Friday
  • 17:34
 この五悪・十悪(または十善戒)の戒律は、基本的な戒めとされ、これを守って、善行修行(良い行い)をつむことによって、自ら仏に成っていこう(成仏する)というものです。
善根功徳の思想は、法然上人や親鸞聖人が登場するまで、仏教の主たる修行のスタイルでした。

 大乗の菩薩道を修する最高峰、比叡山はさまざまな高僧を排出してきました。
そこでの修行は、断惑証理(だいわくしょうり)が掲げられ、
これは、人間の心は元々清浄なものであるという考えが基本にあり、修行して煩悩の誘惑を断ち切り、迷わされない仏に成っていこうというものです。
これは釈尊の修行を追体験することによって悟りを開こうという修行方です。

 現代人からすると、そんなことはナンセンスだとか、有り得ないことだとか、無理なことだと、はじめからあきらめてしまうかもしれません。

 しかし、よくよく考えると、最近、私たちを取り巻く環境や状況、さまざまな不可解な事件などが起こってくる時代背景を思えば、自分と向き合う大事な機会を安易にナンセンスだと言って切捨て、受け入れないことこそかえって時代を混迷の中に追いやる原因になっているのでしょうからあながちにナンセンスだともいえないのではないでしょうか。

私たちは欲望の赴くまま暮らしていくことが果たして本当の幸せなのかもう一度考え直さなければいけないのではないでしょうか。

 ですから、このことは初めから出来ないと諦めてしまわず、出来る限り精進する志を持つことは一つは大事なことでしょう。

しかし、それはわたしたちの生活の現実から言って完全に守りきることは
無理なことも事実です。

社会そのものがそういったことの上に成り立ってしまっている以上、やはり、ある程度、嘘をつかないと娑婆世間では生きていけないこともあります。

嘘をつけば人を傷つけてしまうし、それによって自分自身も、その罪に苛まれることもあります。
または、運が悪かったと運命論的になったりすることです。
そこで問題になるのは、その罪を罪だと思わない無自覚な人と、短絡的な諦めです。
五悪・十悪の問題は、罪の自覚の問題であり、それが守りきれる人間になることを目的としていません。
人によっては、状況によっては守ることの出来ないこともあります。
しかし、そのときに問われるのが、その罪に対して短絡的、無自覚であれば、他人や自分を傷つけていても不感症であれば、。

しかも『いましめ』なのですから、自覚の問題をいっているのです。

                              →つづく

ふたたび罪の問題

  • 2007.11.29 Thursday
  • 17:34
  
 1、戒のことについて

 仏教には『戒律』があります。
これは、仏教徒が守らなければならない戒めとしてのルールです。

「戒名」といわれるものは、基本的に仏教徒であるという証として、戒律を受戒したことを示しています。
(真宗では戒名とは呼ばず『法名』といい、また違った観点の意味をもっています。
法名についてはまた別の機会に書いてみようとおもいます。)

ですから、仏教徒になるということは、日々の暮らしの中に、争いごとやいざこざの原因になることや考えや行ない、争いごとを起こしたくなるこころの有り様をつつしみ”いましめ”て精進し修行するのです。

 その戒律とは十の罪として表され『五悪・十悪」といわれ、まず否定形で説かれます。
順番からいえば、果から因へとなっています。

最初の『五悪』とは次の5つです。

1 不殺生/ふせっしょう・・・・生き物を殺してはならない
2 不偸盗/ふちゅうとう・・・・盗んではならない
3 不邪淫/ふじゃいん・・・・・淫らな男女関係を結ばない
4 不亡語/ふもうご・・・・・・嘘をついてはならない
5 不奇語/ふきご・・・・・・・飾り立てた言葉や、調子伺いのことばを言ってはならない

さらに五つの悪行をたして十悪です。それは次の5つです。

5 不綺語/ふきご・・・・・・・きれいごとや飾り立てた言葉を言わない
6 不悪語/ふあくご・・・・・・悪口を言ってはならない
7 不両舌/ふりょうぜつ・・・・二枚舌を使って互いを争わせる行為をしてはならない
8 不瞋恚/ふしんに・・・・・・おこってはならない
9 不邪見/ふじゃけん・・・・・よこしまな考えをおこさない
10 不貪欲/ふとんよく・・・・・むさぼってはならない


これが十悪といわれるもので、このことを守る事が善行であるといわれていることから、今度は否定形ではなく、進んで行う行として十善戒(じゅうぜんかい)とも呼ばれています。


   1〜3の問題=『身』で行う罪(身業/しんごう)の問題

 世間では殺人、強盗、強姦などの罪を実行すれば、社会的にも罰せられる。
これは世間的にみても、世間の倫理、道徳に照らし合わせてみても、罪としてわかりやすいものでしょう。
 
   
   4〜7は『口』で行う罪(口業/くごう)の問題

この場合、世間では直接に罰せられることはないが、犯罪行為にいたる動機にはなりうる。
仏教では、争いごとの元になるものは厳しく戒められることから、その戒律を犯したものは罪とされる。


   8〜10は『意/こころ』で行う罪(意業/いごう)の問題


たとえば、殺人。
「人を殺したい」という動機がなければ、実行はしない。
それと同じで、この場合の問題は、こころがそういうはたらきを起こしたという『縁』により、殺人という『因』が発生する。
そういったこころをおこさないように戒律は説かれている。




戒律の問題は、すべて『縁起の法』の考えから発生しています。
つまり、すべての原因はこころのはたらきよりおこるのであって、こころがあらぶったり、よこしまな考えを興したりするような場所や行為をするなら、それが因となって、結果的には行為に及ぶとされます。
ですから、そのような行為を慎む事によって自分や周りの人を苦しめることとなる原因つくらないよう薦めているのです。




11 月28日は親鸞聖人のご命日です。

  • 2007.11.28 Wednesday
  • 13:52
 読書きょうは旧暦の宗祖親鸞聖人の747回目のご命日で、いわゆる祥月命日にあたります。真宗十派のうち、東本願寺(大谷派)・佛光寺(仏光寺派)・興正寺(興正派)・錦織寺(木部派)・誠照寺(誠照寺)・専照寺(三門徒派)・證誠寺(山元派)の七派の本山では今日、結願(けちがん/結びの法要)を迎えています。( 出雲路派の豪摂寺は12月)
 新暦は1月16日にあたり、本願寺派の西本願寺と高田派の専修寺でそれぞれ報恩講が勤まります。
真宗本廟(東本願寺)では、結願日中で坂東節というお勤めで、賑々しく法要が結ばれます。



 747年前、親鸞聖人は郷里、京都で92歳の命終をむかえられました。
その様子を傍で静かに見取った娘、覚信尼が、遠く関東で暮らす母親(聖人の妻)、恵信尼に宛て父親の往生の知らせを送っている文章が残っています。
恵信尼は、親鸞聖人命終の日の11月28日の様子を「特別に天変地異などが起こるようなこともなく、いつもと変わらない穏やかな日だった」ということを返事に書き送っています。なんともあっけないぐらい、静かな手紙です。

 ということで、去年も書きましたが、萬行寺もいつもと変わらない静かなご命日を迎えました。



読書<報恩講の由来>

 はじまりは法然上人の遺言『滅後二箇条』に依っています。
法然上人はこの遺言で、私が死んだ後は、世間で行われている追善の仏事を勤めるのではなく、報恩の志のある者はただ一向に念仏を酬報(しゅうほう)する報恩の仏事をしてほしいと述べられています。
 その上人滅後、弟子たちは結局、世俗の仏事の習慣に従って仏事を勤めましたが、それは形式的には世俗の仏事と変わらないものでも、内実は日本で初めて勤められる報恩としての仏事であったと伝えられています。
七七日(中陰)の仏事を勤め、六七日には聖覚法印(せいかくほういん)が導師となり、表白文(ひょうびゃくぶん)を読まれています。
その中に我々真宗門徒には親しみ深い「恩徳讃」の原型になったといわれる

   
「倩(つらつら)教授の恩徳を思えば、実に弥陀悲願に等しきものか。骨を粉にして之を報ずべし、身を摧きても之を謝すべし。依って報恩の斉 会眼前に修して、値遇の願念心中に萠す。」
         『法然上人御仏事表白』、『聖教全書五』拾遺部下P92

という文が読まれています。(親鸞聖人はこの知らせを関東で聞いています。)
 
それがその後、親鸞聖人の滅後、『報恩講私記』が作られたのをきっかけに報恩講として毎年勤まる事になりました。



  

読書<追善の仏事(追善回向)について>

 追善の仏事というのは、死後霊魂が迷わないように、親しい者たちがそのものに変わって善魂功徳(例えば、追善の念仏や追善供養。死後の奉公=遺族の死者への罪滅ぼしのようなこと)を積み、その功徳を亡き人に差し向ける(回向する)ことで、そのものが迷わず成仏できるようにと願って勤められる神事的仏事のことです。
 これは巷でよくいわれている閻魔大王などに代表される冥官の裁判の話などがその典型で、これは輪廻転生に基づく『罪業の問題』に非常に深い関係があります。

 これは、『仏説 地蔵菩薩発心因縁十王経』という”偽教=仏教の教えではないもの”に具体的に書かれていています。(これは“仏説”とついていますが、仏教の経典でもありません。)
 「罪(=穢れ)を消さなければ、浄土に往生できない」という、『穢れ』の思想、不浄思想や神事てきな考えから来ています。
 例えば、七七日・百ヶ日・一年・三年・七年・十三年・十七年・二五年・三三年の十五仏事の間、追善して後、三十三年が『清浄忌』といわれ、生前に犯して来た罪の数々の判決が下り、穢れ(=罪)が浄化され、その霊魂は五十年(忌)を経て、家の先祖と同一化していくといわれています。
 この追善としての仏事は結局、追善回向することによって死者の霊魂を六道に輪廻させないで浄土に往生させ、成仏させ救済させていくことが願われているもので、これは形式的には仏事と思われている傾向が強いのですが、事実的には道教的な側面と『神事』と言える側面が強く、実際には釈尊の教説ではなく、中国の道教思想から来ているもののようです。







読書<罪(=穢れ)について>

法然上人はそういった通俗的な仏事ではなく、一向に念仏を酬報(しゅうほう)する報恩の仏事を勧められています。これはそういった罪や穢れを消さなければ浄土に生まれなられないということではなく、自らの罪(五逆・十悪・誹謗・正法)を自覚することによって正定聚の位に定まるのだといわれるのです。

 歎異抄には次のようなことが書かれています。要約すれば次のようなことです。
一回の念仏で八〇億劫の罪、十回の念仏でその十倍の罪というふうに、善魂功徳(追善の念仏)を積めば積んだ分だけ、その罪を除くと経典に説かれている。これは、これまで念仏を申して生きてこなかったものが、その命尽きるとき、はじめて良き師に出会い、念仏の本当の意味を教えられ、これまで念仏を申さないで生きて来たことそのものが、如来(真実に生きるものを)を裏切り、傷つけていたことを知り、心から念仏する意味に目覚めた時、自らが犯して来た数々の罪業を滅すといわれる。
これはその罪の重さを知らせる方便(譬え、表現方法)であって、罪を消すと言っているのではないのです。しかも罪(=穢れ)は往生の妨げになるというのでしょうか。
というものです。
 
「八〇億劫の罪」とは、われわれが生まれる以前から、先祖代々積み重ねて来た罪業のことで、
つまりこれは何を云わんとしているのかといえば、因果応報のことを指し、人間として生まれた時点でこれまでの人間の罪を一身に背負い産まれてきたということを示しています。
この世に生きるうえにおいてその罪への自覚がないことが深い罪であるというのです。
しかし、それは誰もが平等に抱えている問題であって、逆にそれは救いの縁になるのであるから、罪を消さなければいけないとはいっていません。
 むしろそういった「罪業深重の者をこそ救う」と誓っているのが、阿弥陀如来の平等心、つまり大慈悲であるのです。
 ですから、その罪は消えないし消す必要もない。これは言い換えれば、ピンチをチャンスに変える絶好の縁であり、しかも、すでに助かっているのです。

そのことに責任を持つと自覚の信をもって生きる者になることで、罪を滅さずとも正定聚の位に定まる(浄土に産まれることが決まる)のだというのです。

また正信偈には

『不断煩悩得涅槃/煩悩を断ぜずして涅槃を得る』

といわれています。

 そういうことで、報恩の仏事とは『如来の恩を報ずる仏事』であるということです。


読書<感謝の念仏と報恩(如来回向)の念仏>
 
報恩とは、一般的に云われる『ありがとう』という感謝ではありません。
「ありがとう」という言葉の本意は、『遇い難い/もうあいがたい』ですから、親鸞聖人の言葉で云えば、

真実の浄信、億劫にも獲がたし 
                   <教行信証 総序>  ―真宗聖典 p149―


ということです。
億劫とは、われわれがどんなに努力しようとも、決して適わない長さや遠さや大きさをあらわしています。

 これは「如来のこころは凡夫では計れない」ということで、つまり『自力無効』をさしているのでははないでしょうか、つまり如来(他力)回向です。
それに比べて、私たちが日頃使っている「ありがとう」という言葉はもっとスケールの小さい自力でなにかを掴みとろうとするような『ありがとう」を言ってはしないでしょうか。

 そういった自分のものさし(自力のこころ)に適うような感謝のアリガトウではなく、如来が我々を今まさに救い遂げようとしている願いは、私たちが思っているよりも遥かに深く、広大な海のようなものであるのだと親鸞聖人はおっしゃるのです。
 そうなると我々にとってはそれが煩わしくなる。身にあまる。如来の恩が時にはジャマになる。我々からみると「不都合な真実」になることもあるでしょう。
 
 念仏はそういった自分に釣り合うようなありがとうではなく、もともと如来の恩徳はいくら謝してもその大きさには適わないものだと『恩徳讃』で聖人はいわれるのです。
だから、骨を砕くほどに謝してもあまりあるものだといわれるのです。


                @Daisetsu

いくつかの覚書

  • 2007.10.13 Saturday
  • 17:43
○人間が人間であるのは、自分の存在の意味を求めるからで、その意味を求めるのは「死」があるから。
その死という感覚を持っているのは人間だけ、それは誰かに教えられることによって「死」という観念が生まれる。

○文明は死を見えなくしている。遠ざけている。実際にいろんなものが開発されて便利になったが、人間は有史以来ずっと考えなければいけない人間存在の根本的問題を見ないようにしてきた。これが今日の文明の姿。

○人はいつか死んでしまうのになぜ生きるのか、ほんとうに生きるとはどういうことか。死んでしまえば無意味になっても生きる意味を求めてしまうのはなぜか。

○「自分」という存在はそもそも無い=「空」
自分というものを玉ねぎに譬える。
どんどん玉ねぎの皮をむいていくと最後には玉ねぎは無くなる。→自分という存在があると思っているけれど実はその存在は無い。


○教信行証→いつか覚ることができる。
 教行信証→いま覚る。

○摂取不捨=根本的問いから離さない、逃がさない。

○自分というものは真実のかけらである。

○念仏は行為ではなく、存在。

○地獄を怖れる心に地獄がある。=幽霊がいると思うからススキの穂が揺れただけで怖いと思う。

○現代人は、人は生まれるたら幸福になる権利があるということを信じている。これは迷信。

→理想の自分は幸せなのだと理想のほうから自分を見る。そうすると理想どおりに行かない今の自分の現実が受け止められない。これが迷い。


○迷信。→迷いを信じる。迷いが深まるようなことを本当だと信じている。




『真の勝利』

  • 2007.09.02 Sunday
  • 23:26
  勝利から敵意が生ずる。征服された者は、苦しんで横たわる。
   静寂なる人は勝敗を離れ、安らかなに横たわる。
                           『法句経』第二〇二偈




     1〈今日の状況〉
 今日の日本はどういう時代かと云えば、「競争社会」であると云った人があります。勝ち組と負け組によって格差がはなはだしい社会ということを云っているようです。勝った者はどこまでもうまくやれるが、その陰に敗退した者の悲しみが満ちている。競争についてゆけない〈ニート〉や、〈フリーター〉といわれる、行き場を失った人々が増えているのも競争社会がつくりだした闇です。
 この格差社会の闇の底は、明るいほうからは見えません。貧困に苦しむひとの悲しみは繁栄に酔いしれている者の目では見えないということです。
 一方、繁栄に酔いしれている人が本当に安らかで幸福であろうか。恵まれないで行き場を失った人々の悲しみが感じられない者の繁栄の喜びは本当の喜びではないということがあるのではないでしょうか。むしろそれは空しい喜びであり、さびしい幸せにすぎないのではないか。新聞を読んでいると、そういうことに思いが馳せられます。


      2〈底知れぬ人間の闇〉
 冒頭の『法句経』の語は仏陀の身に起こった悲劇と関連があるように以前から思っていました。
 釈迦が太子として生まれ育った釈迦族の都城は、隣のコーサラ国から常に脅かされていました。そのなかで仏陀はいつも、「決して抵抗してはならぬ」と人々に教えていました。仏陀が招かれて故郷に教化のために帰城していたある日、釈迦族に怨みを持っていた隣国のビルリ王が率いるコーサラの軍隊が釈迦族の都城カピラバッツへ向かっています。
 仏陀は枯れ木の下に立ってそれを見ていました。「あなたはなぜそんなところに立っているのですか、他にも生い茂った木はたくさんあるというのに。」とビルリ王が訊ねると、「王よ、親族の陰は涼しいものです」と答えた。それを聞いた軍勢は仏陀の意中を察してひき返してゆきました。後日、それでも軍隊は行軍してきます。仏陀はまた枯れ木の下に立っていて、やはり「親族の陰は涼しい」と云います。また三度目も同じく、ビルリ王は仏陀の心情を察して進撃を止めてもどってゆきました。
 そして四度目、コーサラ国の軍勢が攻めてきたとき、釈迦族の中にシャマという若く血気盛んな若者がいて、仏陀に教えられていたにもかかわらず、弓をもって迎え撃って抵抗し、戦いを挑んでしまった。釈迦族の長老はシャマを呼んで、厳しく叱責したが、時は遅く、軍隊は城の門を突破して侵略し、女、年寄り、子供までも虐殺し、穴を掘って埋め、その上を象の群れで踏み固めてしまいました。


        3〈平和のための戦争〉
 こうして木陰の涼しさのように愛と安らぎを与えてくれた故郷の国が滅亡してしまったのです。自国を征服された人民の痛みは敵意へと化するものです。
 例えば今日頻発している自爆テロは敵意と怨念から起こる、勝者への報復でしょう。武力による勝利は武力による報復を生みます。今日の世界情況は、報復の連鎖から解放できない闇を抱えています。こうして「平和のための戦争」がたえまなく生じています。このような人間の行為がいかに痛ましいか。人々と共に苦悩した仏陀は《勝利から敵意が生ずる。征服された者は、苦しんで横たわる。》とつぶやかれました。

        4〈報復の断念〉
 すなわち仏陀は「報復」を正義としなかった。そしてこう独語する。《静寂なる人は勝敗を離れ、安らかに横たわる。》これは、征服された悲しみを抱いていながらも怨みをもって報復することを断念するにいたるまでの苦闘の厳しさを、切々と語る仏陀の慈悲であるように感じます。そして人間というものは容易に報復を断念することはきわめて難しいということを自覚せしめていることがうかがえます。
 すなわち報復を正義とする自我との苦闘の末に、ついに断念にまで到達した者の、静寂で安らかな境地のことばです。仏陀にとって、怨みをもって報復に燃えようとする国民への教化も至難な仕事であったろうと思いますが、その困難を超えて、ついに国民と共に「自己」に勝った。これは武力による勝利とは次元がちがう勝利です。これこそが真の勝利でありましょう。滅ぼされた国の仏陀の教えであるからこそ永遠に、時空を越えて人々の人生観を深める「法」となって、今に伝わっているのです。
   住職:記


迷いを縁とする

  • 2007.07.12 Thursday
  • 01:38
     迷いを縁とする
                                   亀井 攝

 「便利になる」ということは、思うことが適うということです。仏教では、思ったことが適う世界を「天」といいます。思い上がることを「有頂天」ともいいますが、その一番高いところにある世界は「他化自在天」です。親鸞聖人が書かれた『現世利益和讃』には
南無阿弥陀仏をとなうれば
他化天の大魔王
釈迦牟尼仏のみまえにて
まもらんとこそちかいしか    真宗聖典 四八八頁
 とあります。「他化」とは、他の人の幸福を自分のものにするということです。この『他化天の大魔王』とは、そういう世界に住んでいる欲深い者のことで、私たちの迷いの相です。
 
 現代は、いかに楽に、そして、より沢山の福を得ることが文明人であり。そして、そのことが適う世界を善としてきました。 そういう風にしてどんどん欲望が拡大されていく。そうなるととどまることはありません。一つ欲望が満たされても、また新しい欲望がでてくる。それでも満足できない。 そうして、なんの不自由もなく、思いのとおりにいくと、今度は逆に思った通りにならないことが許せなくなってきます。 子どもの頃から思い通りに生きている。それが当たり前だから、我慢などしなくもいい。そういった傲慢さと、人間的未熟な現代人。いざ窮地に追い込まれれば、他人も信じない。唯一の頼りの自分自身も思い通りにならず、遂には破綻してしまう。そうなれば、体は生きたいと言っても、最後には『死』しか選択肢がなくなっていく。これが現代の自力の行き尽くところです。

 新しい世代は、子どもの頃から成績という数字で評価され、学校も仕事も世間の評価で選び選ばれ生きています。そういう中で成長すれば、他人の目が気になって仕方がない。そういった他人の評価に適わない自分になってしまうことをとことん畏れます。そうすると、「自分はダメだ」といつも自己嫌悪に陥って、自分の価値を認めてくれる者、同じ価値観の者としか付き合えなくなる。そうして社会の中で役に立つものだけが評価され、そして、役に立たないものは劣っていると思う。そんな卑屈な生き方になっていきます。
 「他化自在天」という思う通りになる世界をだけを追求しいく社会は、自分の都合、価値観、物差しにかなうものだけしか信じない。まさに迷いで迷いを拭うように、ますます本当でないことを本当だと信じて疑わない世界が拡がっていく。こうして煩悩が燃え盛るようになると、自分の思いを出ることは考ええもつかなくなっていきます。そういう意味では、やはり現代人は皆、救いを求めている。
 そういうわたしたちに釋尊は「中道(ちゅうどう)」という生き方を示されます。この中道という道を
親鸞聖人は、『讃阿弥陀仏偈和讃』に曇鸞大師の言葉を引用し、
解脱の光輪きわもなし
光触かぶるものはみな
有無をはなるとのべたまう
 平等覚に帰命せよ   『真宗聖典』 四七九頁
 と表現されています。この「有無をはなる」というのは、私たちが持っている「善悪」といった自分を中心とする分別心から解放されていく道です。この分別心というのは、生は善いけれど死は悪い、健康や若さは善、病や老いは悪、という思いのことです。これらの執着心を「捨てる」のではなく、「離れよ」といわれるのです。
釈尊は「自我を離れようとする道」があることに気づいてほしいといわれ、親鸞聖人はさらに、その道は凡夫だからこそ等しく往ける道であるといわれているのです。
 親鸞聖人の歩まれた道は、自我の思いを離れられないということを徹底的に信知していくことでした。この離れられないということを信知するとは、自分は「信心を獲得できるもの」と思っている「自力のこころ」のあさましさに気付くということです。これが親鸞聖人のいわれる「信」です。そして、親鸞聖人は教行信証の総序で
  専らこの行に奉え、ただこの信を崇めよ。
 と言われます。ここで聖人は「信を手に入れよ」とは決して言っていません。わたしたちはともすれば、信心は手にいれるものだと思い込んでしまいます。信じるというのは、「わたしが信じる」。もっといえば、信じるとか、信じないという分別で信心を理解しようとする。このこころもまた「自力のこころ」です。わたしたちは仏に成れる種が自分にあると思いあがっている「他化天の大魔王」なのです。
 教行信証の後序にある「ただこの信を崇めよ」とは、「無条件に頭が下がる」ということです。真宗の救いとは、自分の思いを離れられない迷いの深さを信知するということです。自分の迷いの懐、深淵に下りていく。 そして、そのことに気づけない自分は善人になれると思っている悪人であることに目覚め続けていくわけです。

 親鸞聖人はさらに「他化天の大魔王」を縁として、真実に出逢うよう薦められています。
これは逆境・苦境を縁とするからこそ、真実に出遇えるのだといわれるのです。
そうすることによって、他化天の大魔王もそのこころに目覚め、信心の行者をまもるのだといわれています。その煩悩の深さを信知することで自らの迷いの闇が破られていくのです。
 親鸞聖人は自身の経験を通し、繰り返しいわれています。
わたしが如来の恩徳の深さを知るためには、この道しかなかったのです。そしてその道を行ったからこそ、往きやすき近道だったということが初めてわかったのです、と。

名前について/法名の意味

  • 2007.07.07 Saturday
  • 14:56
この世に存在するものには必ず名前があります。

それは2種類あります。

有形(a-bhava)と無形(bhava)。

たとえば、有形のものはコップやお皿、パソコンなどの目で見て形がわかるもの。
無形のものは、こころ、愛、仏、悲しみ、喜び、などの見ようとしても見えないもの。見ようのないもの。

更に無形のものを細かく分類すると、

具体的な姿を持たないもの、空気、風、etc....
または具体的には目に見えない”こと、行為”など。仕事、修行etc....。

どんなものにも必ず名前があります。

皆、名前は必ず二つ以上持っています。
一つはそのものの存在意義を現す名前。→仏弟子、人間、生命、いきもの
もう一つは、そのものの社会的役割・関係性においての役割をあらわす名前。→母、父、先生、男、女、僧侶etc.....。
                                  +個人名(俗名)


「地球」という名まえ一言でいっても、大地、海、山、雲など一言では言えない要素や表現がいっぱい詰まっています。
「阿弥陀仏」という名まえにも、一言では言いつくせない奥深さがあります。







子どもが生まれれば必ず名前をつけます。
生まれてくる前から「ああでもない、こうでもない」と親はそれなりに命名に悩みます。
どんな名前でも、「こういう人になってほしい」、または「あなたはこういう人である」という親の思いや願いや指名が込められているのです。
そして、その子が大きくなれば、必ず「ぼくの名前はどんな意味があるの?」と聞かれることもあることでしょう。
または、折にふれて自己紹介などの挨拶で、自分の名前の由来を話すこともあるでしょう。

名前負けや、立派すぎると言われたりすることもあれば、いい名前だね。と云われることもあったり、あまり好きではなかったりすることもあるでしょう。
名は体を表すというように、とても大事なものです。
否が応でも、その名前とは”業”のようなもので、一生付き合っていかなければならないものです。

そういったように、この世にあるものはすべて名の由来があり、理由があり、縁があります。
その”縁”によっていのちは存在し、そのことによって名前はつけられていくのです。
ですから、生まれる時に名前をつけることを命名といいますから、やはりなまえとは突止めていくと究極的に残るのは、いのちをあらわすものでしかないということです。



この世に存在するものに必ず名前があるということは、この世に生きている、もしくはさまざまな生命として存在していたことを現しています。
これは、娑婆の縁が尽きてしまってからでは、その由来も縁もその願いも聞きひらくことも出来なければ、その願いに生ていくことも、仏弟子になると誓うことも出来ません。

 葬式やお通夜などで、お坊さんが法名を授けるのは、生前に仏縁がなく、法名をもらうことが出来なかったひとが、便宜上ですが仏弟子になってもらうという形式的なものでしかなく、亡くなったからあげるというものでもありません。
また、亡くなった後にあの世で迷ったり、地獄に堕ちたりしないように、とか法名が無いと迷うとか冥途に行くための名前や、死後に付ける名前ではありません。それから、字数が多い方がいいということもありません。
こういったことは仏教を世俗的な勘違いとして受け取っている方のようです。

ですから、真宗門徒ならば、帰敬式をしっかり受け、男性ならば『法名 釈◯◯』、女性ならば『法名 釈尼◯◯』と法名をいただくことが、まず真宗門徒としての大切な出発点となります。

「法名」は、仏さまの言葉から二文字だけいただきます。
その名前に込められた仏の願いに目覚め、生きることが、すなわち「仏弟子」です。
その「仏弟子」というのも無形ですが、わたしたちが志をたてる(発菩提心)ことよって、「これが仏弟子です」と具体的に、具現的に指し示すことが出来るのです。
そしてわたしたちがここに存在する意味(なぜ生まれ、そして死んでいかなければならないのか)が明らかになっていくのです。

帰敬式は、これまであった在り方、現実に流され生きるしか術を知らなかった自分から、新たに生まれ変わり、仏の弟子として人生を再スタートすると誓う式です。

帰敬式のご案内

「いただきます」ということば

  • 2007.05.16 Wednesday
  • 15:28
聞き耳を立てる
<食前の言葉>        <食後の言葉>
みひかりのもと        われいま幸いに
われいま幸いに        この浄き食を終わりて
この浄き食を受く       こころゆたかに
いただきます         ちから身にみつ
               ごちそうさまでした


最近、『食育』という言葉を耳にしました。
これを聞いて、とても大事だなぁ、とおもいました。
「食べる」という行為は、いのちをつなぐということでもあり、いのちを食べるということでもあると思います。

読書宗教には必ず、厳しく戒められる決まり(戒律)があります。
その中の一つに、『不殺生』というものがあります。
これは、完全に守りきることはできないので、せめて半日だけ何も食べないとか、せめて今日だけは肉や魚だけでも食べないようにしようとか、様々な工夫によって、いのちの大事さを教える儀式として伝統されてきています。
かつての日本の律令国家の時代には、八戒斎(はっかいさい)という、なるべく殺生をしないという法律までありました。
例えば、八戒斎の時期には死刑執行は行わない、戦争はしない、時間を過ぎたら食事をしない、などです。

料理も精進料理。なるべく質素にすることを心がけ、必要以上にカロリー摂取しない・食べ過ぎないように、などいろいろ工夫されています。
それは単に健康に気をつけてというだけではなく、食卓に並んだいのちに対しての敬意の表れではないでしょうか。


食べるという行為そのものが、「いのちを殺さなければ生きていけない」という当たり前の事実を突きつけられ、それをたんに知識としてだけではなく、人間の悲しみとして受けとめていく。
このことが大事ではないでしょうか。
そのためにはいのちにたいして思いを巡らすこころの余裕と、それをつくりだす心の豊かさがなければいけないでしょう。
飽食の現代はこころの貧しさが広がっているといわれています。
お金を出せば、好きな時間に好きなものを好きなだけ食べられると安易に考える。
あるいは食べ残したり、暴食することを、なんとも思わなくなる。
(ん〜、自分的にも苦しいね〜ショック

これは、いのちという本質を見失い、自分自身をも苦しめていくことになるのでしょう。

                                 大攝

仏壇のこと

  • 2007.03.17 Saturday
  • 04:06
このところ仏壇を購入する家庭が何件か続けてありました。
どこもこれからお給仕を続けていくことだろうと思います。

基本的に、お内仏に安置するご本尊は出来るだけ大きいものがいいでしょう。
各家庭の事情によって様々ではあるでしょうが、考え方としては、仏さんの大きさに合わせて仏壇を購入するという考えが正しい心構えとおもっておいた方がいいでしょう。
大事なのは入れ物ではなくて、中身ですし、自分の都合に合わせて仏さんを選ぶのは本来の考えではないと思います。
仏壇は美術品でもあり、財産にもなりますから、あまり粗末だなと思えるものではなく、毎日眺めたくなるような立派なもの、よく見えるように大きいものを購入するのをおすすめします。
お内仏は立派だなと思えるものの方が大事にするのではないでしょうか。

お内仏というものは「信心の表現」です。
そこに必要なのは念仏するこころがなければ、仏壇は大きくても小さくてもただの入れ物になってしまうでしょう。
◎床の間や置くスペースが限られているところでは箱入り仏壇がいいでしょう。
しかし『箱入り仏壇』にこだわることはありません。
◎床の間のあるご家庭ならば、掛け軸サイズのおおきな絵像や名号を床の間にかけ、その前に前卓(まえじょく)、その上に三具足(みつぐそく)をおき、その横に天井から倫灯(りんとう)を吊るすだけの簡単な『道場形式』と一般的には呼ばれるものものもあります。これならおおきなご本尊を安置できるし、シンプルにすっきりしてお給仕しやすいと思います。
◎それから床の間を改造して作り付けにする家もあります。これは通称『仕込み仏壇』といわれているようです。

大きくても、小さくてもお内仏です。だいじにお給仕をしましょう。


                大攝

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