法然上人・蓮如上人ご命日法要

 今日は久しぶりの法然上人・蓮如上人ご命日法要でした。昨今は「おとなの寺子屋講座」を行ってきましたので、しばらく法要という形では行なっていませんでしたので、久しぶりのご命日でした。

 この4月25日は毎年10:00から『永代納骨堂加入者の集い』も兼修されています。

昨年より参詣された方々には読経中に焼香をお願いするようにいたしました。そのせいではないとは思いますが、今年の参詣は一般の参詣も含めて50名程度で去年より若干増えているようでした。

平日にも関わらず多くのご門徒が時間を割いて参詣くださり、ありがとうございました。

 

 今回のご法話は久留米・長崎教務所長の武井弥弘教務所長。

いつも参詣される御門徒の感想では「もっと聞きたかった。」という声がありました。
参詣された方の中には、御門徒ではあってもお内仏のない方もおいでです。自分たちのお骨を納めるという事で、納骨堂に新しく加入された方もおいでです。そのご縁で初めてお寺の法要に参詣された方もあります。内容は逐一お伝えできませんが、今日の宗教事情や世界の情勢などを交えながら、「真宗の供養」というテーマでお話いただきました。

「人間とは何か」、「なぜ宗教が必要なのか」、「追善の仏事ではなく、報恩の仏事」という浄土真宗の基礎をお話いただきました。

 

<納骨堂について>

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当山の永代納骨堂は一般の方に広く募集しておりません。

加入にあたっては次の二つのことを加入条件としております。

 

,垢任毎濆垰所属のご門徒の方。またはご門徒に加入していただく。

 (他の宗派や他の寺院のご門徒はお受けできませんのでご了承ください。)

 

△寺の法要厳修の案内が届いたら、出来るだけ参詣できる方。または参詣するよう心がけていただくこと。

 

以上のことを条件としております。その他の事は直接お寺へご相談ください。

 

 

 

寺報「徳風」第26号

2018年(平成30年)3月1日発行

はちす

共にいのちを生きる

共命鳥とは、一つの体に頭が二つある極楽の鳥です。その頭には「カルダ」「ウパカルダ」という名前がありました。しかし、この二つの頭は片方が「右へ行きたい」と言えば、もう一方は、「いや私は左へいきたい」と言い、片方が「もっと遊びたい」と言えば、もう一方は「いや、もう休みたい」といったふうに大変仲が悪く、いつも喧嘩していました。身体が別々であれば、さして問題になりませんが、身体が一つなのでいつも喧嘩になるのです。こうして毎日、言い諍いをしていました。
ある時、ウパカルダの眠っている間にこっそりカルダが美味しい果実を食べたことを知ったウパカルダは、妬み、復讐のためにカルダが眠っている間に毒入りの果実を食べたのです。しかし身体は一つですから、やがてウパカルダもしばらくして命を落とすことになりました。しかし、カルダは美味しい実を独り占めしようと思ったわけではなく、眠っているウパカルダを起こすのが気の毒で、自分が実を食べればウパカルダの栄養にもなるからと思って食べたのでした。カルダはウパカルダに言いました。「あなたのような怒りや嫉妬心はだれの利益にもなりません。ただ自らを傷つけ、そして他人をも傷つけてしまうだけです。」といって息絶えました。 『仏本行集経』
これが『阿弥陀経』に登場する共命鳥の説話です。事実、憎しみあいながらも共に生きているのにもかかわらず、自我を主張するが故に、共に生きいくことができない悲しい私たちの身の事実を教えるため、共命鳥は極楽浄土で今日も「念仏もうせ」と鳴いているのです。 (釈 大攝)

寺報「徳風」第25号

2017年(平成29年) 9月1日発行

 

うれしいお念仏

「きみょーむりょーじゅにょらーい」。元気な子どもの正信偈が本堂に響く。昔から変わらない風景です。「あ、そうか、今日は日曜日か。」と昔の事を思い出す。かつての古い本堂の面影を覚えている人もおいででしょう。気づけばなんと萬行寺日曜学校は創立百年。これは門徒の大切な財産です。この歴史に支えられてこれまで歩んできました。お寺で正信偈をおぼえたという人もおられるでしょう。これもあなたにとって大切な財産です。▼ところで『仏事』というと、どんな印象があるでしょうか。今日の日本は「葬式仏教」が定番。しかし、お寺では様々なお祝いの行事があります。親子になる式「お経いただき」。新一年生の「新入学児お祝い式」。仏前結婚式。還暦のお祝い。長寿者のお祝いなどです。たまには退職祝式や銀婚式、成人祝いや卒業祝いがあってもいいなと思います。そんな時に家族や友人で正信偈をお勤めする。いいですねぇ。どれも大切なご縁です。どうぞお待ちしております。 (釈 大攝)

寺報「徳風」第24号

2017年(平成29年)3月1日発行

「はちす」

幽霊のはなし

人間をだます狐がおるのではない。  
       だまされる人間がおるだけだ。
                                         曽我量深
  この言葉を聞く度「迷う幽霊がいるのではない。幽霊は迷うものだと思っている人間がいるだけだ」と連想してしまう。▼幽霊は柳の下に青白い顔で両手を下げ「うらめしや〜」と出て、やはり足はない。江戸時代のお坊さんが「人間の無明性」を象徴的に描く為、足の無い幽霊を考え出したともいわれる。▼幽霊はこの世に未練を残し、あの世にも行けず彷徨って地に足が着かない。幽霊とは我々の姿だ。どこへ向かって生きていけばいいのかさえわかっていない相である。▼我々の行く末が幽霊ならば、どれだけ長生きしても報われない。幽霊が迷うのではなく、迷った我々の心が死者を幽霊にしてしまうのである。▼この迷いの深さ故、如来は浄土を建立された。やはり如来の光に遇わなければ人生闇の中だ。それだけに如来のご恩はありがたい。 (釈 大攝)

帰敬式について(別院たより)

『一人(いちにん)』にかえす帰敬式

 「帰敬式」は永きにわたって「家」に閉じ込められてきた真宗を一人(いちにん)にかえす運動ではないかと私は考えています。

 「おかみそり」は1876年(明治9年)に「帰敬式」と改称され、現在に至っています。その経緯を調べると1872年(明治5年)頃より、国家による仏教を排斥して神道を中心とする国民教化政策の影響がありました。現在でもご門徒の家に残る「神棚」がその影響の強さを物語っています。この時代、大谷派の僧分も真宗教学の牽引者である講師も教導職として、この政策に強制的に参加させられました。各教区の僧分への講義は一つ一つ国家の検閲を受け、「浄土真宗は神の教え」であるかのように混同して説かれたと資料にあります。

 このようにして宗教の自由を奪うかのような国家の動きに抗し、大谷派は仏祖・宗祖の教えと門徒を護るべく、すべての門徒と共に「もう一度宗祖の教えに帰ろう。私は仏祖・宗祖のみ教えをいただく真宗門徒である」ということを再確認する意義をもって帰敬式がすすめられたのではないか。これが私の見解です。

 

 一方、この頃の長崎の様子を知る宗門の歴史資料を紐解くと、1872年(明治5年)にご門首が来崎した際、長崎市内の寺院に大村・島原・天草から帰敬式を望む門徒が多く押し寄せたと記録されています。門徒の要請に応じたならば、その数2万人を超えるだろうと記されています。このようにして我々の先達の多くが真宗門徒であることに対して関心が高かったことは間違いないことでしょう。このような歴史を背景にして、私たちは真宗門徒としてここに在ることを忘れてはいけません。

 

 このような契機を通して、帰敬式は門徒に開かれていきました。この歴史を踏まえて今日の時代社会を考えると、かつてのような家は崩壊し念仏相続はさらに困難な時代をむかえています。そういった現代にあって帰敬式は「私の家が真宗門徒」といっていた門徒が「私が真宗門徒」という、本来の「一人(いちにん)の宗教」からはじまる真宗門徒の入門式として改めて大切なことではないかと憶念しています。

 どうか、受式された方は、法名用紙をお内仏の引き出しに閉まったままにせず、事あるごとに確かめ、あなたの法名を家族や知人にも知らせてくださればと思います。

 そして法名を如来からいただいた我が人生の課題であると憶いつつ、念仏生活に勤しんでくださればと思います。

                  萬行寺 亀井攝(釈大攝)

 

※佐世保別院の『別院たより』に掲載した記事です。

                      

萬行寺 壮年白道会 花まつり〜花見

散る桜、残る桜も、散る桜  良寛

まず本堂に集まり正信偈をお勤めして御法話をいただいて40分程度。

今日は『釈尊降誕会』です。

 

 

 お寺でおつとめのあとは崎野自然公園にて花見を行いました。

ちょうど満開の頃で天気も良く、最高の花見日和でした。実は花より団子と言いたいところですが・・・・・。

見事な桜に酔いしれて楽しいひと時でした。

みんなでパシャリ!

萬行寺真宗婦人会 『新入学児お祝い式』

今日は毎年恒例の「新入学児お祝い式」。

この時期はお祝いなどが多く続きます。

一般的にはお寺というとお葬式のイメージが強いでしょうが、このようなお祝い事も多くやっています。

今回は一人ということで、賑やかではありませんがありがたい一人です。

みんなで一年生をお祝いしました。

来年も行いますので新一年生がおられるご家庭はがありましたら是非ご連絡ください。お待ちしております。

みんなで記念撮影。

 

萬行寺日曜学校 花まつり

第2回 萬行寺日曜学校の花まつりを行いました。

おとなと子ども合わせて約100名の大花まつりになりました。今回は二つの保育園に参加を呼びかけました。喜んで引き受けてくださいましてありがとうございました。とても賑やかで楽しい花まつりでした。

 お寺で行う「花まつり」ではありますが、一般の保育園の子どもたちも参加しますので、そのあたりへの配慮もあり、あえて宗教色は出さないような工夫を試みています。しかし、宗教色といってもお寺で行っていること自体、宗教色は出てしまうのですがそのあたりはOKということにして。

しかし、子ども達にしてみれば、ほとけ様もアンパンマンもお寺も保育園も区別はありません。

どこでも自分たちの遊び場(学び場)に変えてしまうちからを持っています。

せっかくお寺に来たのですから、目一杯ほとけ様のお話をしました。

普段、学校で聞くような話とは違う新鮮さにびっくりするような顔でよく聞いてくれました。お話をしていてとても楽かったですよ。

ありがとう。

まず

献花と献灯・ほとけさまのうたをみんなで歌いました。そのあとほとけさまと花まつりのお話を聞いたりしました。

「みなさんは人間ですね。でも、みんなはニンゲンだけど、みんなどうやって人間になった?どうやって人間を知ったの?

これって不思議じゃないかな〜。ものすごく不思議だよねぇ〜。でもニンゲンを生きています。

 ほとけさまって、そのニンゲンに生まれたってことが尊いってことがわかった人を「ほとけさまって」昔の人は呼んだんです。

そのほとけ様になった一人の人がいます。

その人はおしゃか様と言います。

今から2500年ぐらい前のインドという国のルンビニーというところで一人のニンゲンとして生まれました。生まれてすぐ七歩あるいて天と地をさして「天上天下唯我独尊」と言ったと言われています。

だけどね、悲しいことにおしゃか様が生まれてすぐにお母さんが死んでしまいます。それでおしゃかさまは「生まれたものは必ず死ぬ」ってことをいつも考える人になりました。そうしておしゃか様は「すべてのいのちはみな尊い」ということがわかる本当のニンゲンなったんです。そのおしゃか様に出会った人たちはおしゃか様のことを「仏さま」と呼ぶようになりました。おしゃか様は「みんなも私と同じほとけ様になりましょう」と願っていますよ。

「何か質問がある人!!」

「はい」

「じゃ、そのほとけ様がいなかった昔の人はどうしてたんですか?」

「そうだねぇ。昔の人も今の人も本当のニンゲンになりたいと思っているはずだよね。だから、おしゃか様は誰でも本当の人間になれますよって教えてくれたんだ。」

「他に質問は?」

「はい」

「ほとけ様はどんな食べ物が好きですか?」

「ほとけ様はいただきますって言って何でも食べます。好き嫌いということを知らないので、選んだり嫌ったりは決してしませんよ。何でも平等にいただきます。」

「はい」

「何で花まつりは花を飾るんですか」

「みんなは花を飾るとどんな気持がしますか?」

「綺麗な花を飾るときはどんな時ですか?綺麗な花を見たら大好きな人にあげたいと思いませんか?」

「はい」と元気な声。

「おしゃか様は本当はみんなにとって大切な人ですよって知らせるために花を飾ります。それにおしゃか様が生まれた時に世界中のいのちが一つのいのちの誕生を喜んだって言われていますよ」

 

他にありませんか

「はい!」と元気な声。

「じゃ、君」と当てると

「何を聞きたいのか忘れました」との返事。かわいいですね。

 

 

あとはおしゃかさまに甘茶をかけたり飲んだりして楽しく過ごしました。

普段あまり来ることのないお寺ですが、どんなところかわからないし何をする所かわからないという方も多いのではにかと思います。身近でない分、近寄りにくいのではないかとも思います。いつでもお寺は空いております。いつでもお寺へおいでください。

 

 

 

今回も白像のナータが大活躍。子どもたちには大人気です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は28日の親鸞聖人のご命日として花まつりを行ってみました。

来年の日程も今のところ春休みの期間を利用して行いたいと考えています。

みなさん来年もお孫さんなども誘い合っておいでください。

夏には「萬行寺日曜学校お泊まり会」を雪浦の真光寺さんと合同で行う予定です。

参加されたい方はどうぞお寺まで連絡ください。