1月の平和学習会

今回は8日に行いました。


今回から、平和憲法についてみんなで話し合ってみようと思っています。
テキストは井上ひさしの『こどもにつたえる 日本国憲法』で繰り返し話してみようかと思っています。


今回もとても面白い会でした。


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学習会の手帳

   1、新年になったけれど・・・

 新しい年になった。しかし「おめでとう」と軽々しくもいえない雰囲気が漂っている。テレビ・新聞・雑誌では100年に一回の『世界的大不況』という言葉の掲載回数が日増しに激しくなっている。「今年こそ」いい年であってほしい。しかし、最近、飛び込んで来たニュースはイスラエルとパレスチナの戦争。それから大企業の倒産・失業者の群れ・政治不信と、あげればきりがない。もはや世界の経済はもはや破綻し、一触即発の飽和状態だ。

   2、海の向こうで戦争がはじまる

 中東の事情は複雑極まりない。2千年近くある歴史の中に刻み込まれた怨みや憎しみは一筋縄では解決出来ない。あまりに複雑すぎてまいってしまう。僕らにとって見れば遠い異国の話に思える。しかし、そうハッキリといえるだろうか。物事の本質的問題は僕らも変わらないものをもっている。

 ユダヤは『神の民』といわれ、モーゼらユダヤ人に絶対神ヤハウェ(エホバ)から約束の地、カナン(パレスチナ地方の旧名)が与えられたと旧約聖書には書かれている。その記述を根拠に、一九世紀中頃から、当時オスマン=トルコ帝国の支配下だったパレスチナ地方に移住をはじめる。やがて二〇世紀に入り、第一次世界大戦後にオスマン=トルコは解体され、中東一帯はイギリスの植民地になった。イギリスは植民地支配強化と、当時ヨーロッパが抱えていたユダヤ人の差別問題解決の立場から、ユダヤ人のパレスチナ入植を支持する。
 当時の中東では、ユダヤ人とパレスチナ人の雑居状態でも、紛争になるようなことは無かったといわれる。それが第二次世界大戦後に、世界のパワーバランスがイギリスからアメリカに移行し、それを機にシリアやヨルダンが一気にイギリスから独立を果たしていくことになる。
 ユダヤ人はアメリカの政治的後押しにより、旧約聖書の記述通りにイスラエル建国を宣言する。この建国にあたり、国家理念を確立するため、イスラム教徒であるパレスチナ人の迫害が始まる。なかでもアラビア語で「情熱」を意味するとされるイスラム主義グループ・ハマスは、「シオニズム」(イスラエルの地(パレスチナ)に故郷を再建する)という原点回帰の宗教観を持っている。こういった考えをいわゆる「原理主義」と呼ぶ。その一部ではイスラエル人の死滅を訴える過激な者もいるようだ。
パレスチナ人達自分達の生活を守るため、パレスチナ解放機構(PLO)を組織し抵抗を開始する。やがて、同じイスラム教徒であるパレスチナ人を援護するために近隣のシリア・ヨルダン・レバノンの諸国が軍事介入し、ついに泥沼化する。

 ヤハウェとの約束の地(聖地)を奪い合い、自分たちが正当な継承者だといって他の民族を排除する。かつては両者とも水瓶の中の水を分かち合って暮らした兄弟だったはずである。それなのになぜ共に暮らせないのか。中近東は世界一豊かで、作物の実りの多い楽園とよばれていた。その豊かな土地ゆえに悲劇は繰り返されたのだ。
 その後、中東は度重なる戦乱で、見る陰もなく砂漠化してしまった。第2次世界大戦後。現在、イスラエルに暮らしているユダヤの人々は、ナチスドイツのジェノサイドから解放され、ホロコーストを出た。しかし国を追い出された彼らは行くあてもない。そこでアメリカを中心とする国連に安心して住める土地を与えられた。・・・・はずだった。しかし、今度はその土地から追い出されたパレスチナ人が難民となり、ついに聖地奪還のために立ち上がる。パレスチナは、東側世界に追いやられる。その地帯はかつて仏教の聖地とも言えるガンダーラ(現アフガニスタン)があった。イスラム教徒はそこにあった仏教寺院を次々に破壊しアフガニスタン一帯はイスラム教の国とおもわれるようになった。
 イスラム・ユダヤ・キリスト教の聖地があるエルサレムは、かつてパリサイ人(ヨーロッパ人)とよばれた人々が『十字軍』と称し聖地を取り返しにきたこともある。

  3、「他を排除」するという体質(僕らの習慣)

他を排除すると、排除された側はどう思うだろうか。きっと嫌な気分になるに違いない。

ユダヤの民は常にナチスの代わりパレスチナに怯えて暮らさなければいけなくなった。
 彼らはその怯えから自身を守るために、武器を持って暮らさなければならなくなる。敵がこっちを怖がるなら、こっちだって怖い。そうして互いに怯えながら、無意味に武器を向けあっておびえながら暮らすことになってしまう。
 その握っている手を開けばいいだけのことなのだが、それが出来ない。他者に対する不信感(・・・・・・・・・)が、他者を攻撃させるのだ。ぼくらの身近な事件で例えるなら、秋葉原での大量殺傷事件も同じ理屈といえるのではないだろうか。やっぱり、物事の本質と道理は同じことなのだ。古今東西変わらない人間の本質が見えてくる。
① 日本人の習性(穢れ思想)と排除観
  ところで、話を強引に変えよう。新年になると各家では、年始に向けてすす払いや門松、屠蘇、初詣と忙しい。日本に住む人なら大概がそういったことっをやったことがあるだろう。その他、節分や七五三などこれらは全て“穢れを祓って自分たちに禍を招かないように身を清める”のだという神道の習慣から来ている。 これは突き詰めると、『自分にとって都合の悪いことや人は排除する』という、きわめて差別的・排他的思想と靖国問題・暴力的愛国心にも通じている。神道はそういった意味で、イスラムやキリスト教の排他的な宗教的側面と同じ性質を持っている。
    
正月などの習慣を 「穢れの思想だ」などとあえて批判しなくても、またそれを知っていようと、知っていまいと。そういう環境の中で生まれ育つと、まるで衣服に匂いが染みついてとれなくなるように、そういった考えに影響されて、差別的な考えが生き方になる。やがてその匂いが自分から出ていることだと気づかないほどに慣らされていく。そうして、自分と考えが違ったり、肌の色が違ったり、姿形が違ったりする者を見たり、出くわしたりすると、落ち着かない気分になったりするのだ。
多少強引にイスラエルのことから話を引っ張って来てごちゃごちゃしたようだ。「排除」という考えは必ず差別につながる。そのことを考えなければならない。

仏教は
    敵意ある人々の中で
    敵意なくこよなく幸せに生きよう。
    敵意ある人々の中で
    敵意なく暮らしてゆこう

                      『法句経』第一九七偈
 と釈尊が今でも僕らに示しているように。「事実共に生きているのだから共に生きていきなさい」という教えなのだ。もし、それでも相手が攻撃してくるなら、あとは滅びるしか道はないのだ。釈迦族は当時、弱小国で今のチベットのような国だった。そのために自国に攻め入る隣国に抵抗することなく、釈迦族は滅びてしまった。



5、『何も持たない』。 
    憲法九条がしめす“放棄する”という精神。

 ガンジーは、何も持たない。武器や権力や人を傷つける拳だって握ることをしなかった。殴られても殴り返さないという『非暴力』という方法でインドをイギリスから独立させる。あのマザーテレサも、インドのカルカッタの街で力なく死んでいく人々に全てを捧げ何も持たないことの大切さを説いている。

何も持たないことは、恥ずかしいことではない。むしろ恐れや金や権力や自信や無駄な元気を持っている人の方が、職を失い力なく街を彷徨わざるをえない労働者、または生きたくても生きることのかなわない人々の苦しみが解るのだと思えば、これほど素晴らしいことはないのだ。貧乏は金で買えないし、また、買おうとも思わないのならば、これほどの宝物はないといつも言って来たのだが、みんなはどうだろうか。
何も持たないということは、怖いことに違いない。しかし、人間は弱いのだ。その恐怖から逃れようとして自分を傷つけようとする者から身を守るために武器を持つものだろう。


4、憲法9条の願いと仏教の精神

 さて、今日は日本国憲法を井上ひさしの『こどもにつたえる 日本国憲法』によって学習したいと思っている。本当はこのことをやりたくて学習会を始めたのだけれど、ずいぶんと時間がかかってしまった。しかし、なぜ日本国憲法、とりわけ『平和憲法』といわれる憲法9条を学習しようというのか。

『日本国憲法第9条』は戦争の放棄を端的にうたった憲法だ。あまり短すぎて不十分だという人もいる。しかし、このお陰で戦後六十年もの間、一度も他国の人を国家権力によって殺してもいないし、殺されてもいないし、殺させてもいないのが事実だとするとその影響は大きい。

<以下は、とぎつ9条の会HPより転載>

憲法九条の歴史と願い

    絶望とは希望なき者の希望である。

 戦争が終わり、焼け野原になったあの焦土の中から、世界を照らす希望の光がともります。日本は「過去の戦争の反省、世界の一員として共存していきたい」という願いから、世界に稀なる『平和憲法』を創りました。D・マッカーサー司令官を頂点とした当時の占領軍、GHQと日本の憲法草案チームが敵味方の利害を超えて協議しあい、「これからは殺しあったり憎みあったりししない世界をつくる努力をする。それによって失墜した日本の信頼を回復し、そして世界の国々が手を取りあって共に生きてける世界づくりの規範」を誕生させました。
 これが日本国憲法第九条です。憲法発布当時の中学校の教科書には「いまやっと戦は終わりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったのでしょう。(中略)そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことを決めました。その一つは兵隊も軍隊も飛行機もおよそ戦争をするためのものは一切もたないということです。(中略)もう一つはよその国とあらそいがおこったとき、けっして戦争によって相手を負かして、自分のいいぶんをとおそうとしないということを決めたのです」と書かれています。こうして言論の自由と他国の人のいのちが守られました。そしてやむやみに死に行くこもなくなりました。しかし、残念なことに日本は戦後の混乱の中、東西の冷戦構造の中に投げ込まれ、日米安保条約を軸にしたアメリカのアジア太平洋地域における軍事戦略に強烈な影響を受け、現在では憲法九条は事実上効力をなくしつつあります。「過去の克服」を背負った戦後日本政府は、九条を平和の創造のために生かそうとせず、逆に痛めつけてきました。押しつけ憲法だという人も中にはいますが、その後の『戦争の放棄』の憲法の元にこれまで誰一人、国家権力によって戦争で殺された人がいない内実のある歴史を見れば、それが嫌々ながら押しつけられたものではなく、積極的に受け入れたということがはっきりすることでしょう。




来月に続く。
乞うご期待。

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コメント

平和学習会。楽しそうですね。お寺に縁遠いわたしですが、そうしてお寺に人が集まるっていると聞くとなんだか真面目な話を真剣にしなければいけないのかとおもいますが、内容はまさに真剣ですが、写真を見ていると和やかな雰囲気でとても楽しそうです。
小生ももう少し年が若くて、近くに住んでいるなら参加してみたいものです。

  • ゆきお
  • 2009/02/27 22:03
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