平和学習会/忘年会

早いものでこの学習会も二回目の忘年会を迎えました。
始まったのが去年の8月でしたから、まだまだですがだんだんと盛り上がって来ています。
この会は「広げるのではなく、深くする」ということで、沢山の人に来てもらうことを目的にするのではなく、自分自身が深く学ぶことをモットーにしてきました。
といっても、真面目に何かを研究したりするのでもなく、あるときは酒を飲みながら自分たちの暮らしのことや世界のことを語ったりしながら『考えるということをはじめよう』という会です。

「平和学習会」ということなので、なにか平和運動をするのだと思う人がいるかもしれませんが、そういったことではなく、平和とは一体何なのかという問いを持つことが大事ですので、何か一つの答えを出そうというのではなく、一人一人が問題意識を持って生活できる者になればと思っています。

お寺に一度も来たことがない人に対して何か出来ないだろうかということで始めたのがはじまりです。
寺という場が仏法に出あう縁になるということは大事だと思います。







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学習会の手帳
     
  1、社会のシステムについて

 最近、新聞では「派遣社員切り捨て」、「世界的大不況」の文字がおどる。資本主義社会は勝ち組のみを経済的優位者にするシステムをみごとに創りだし、我が国、日本は自ら墓穴を掘ってしまった。
 そもそも資本主義社会はマルクスとエンゲルスという二人の大思想家が、「資本というものを科学的に観察し、コントロールするための方法」といして考案された。こうして世界中は科学的に管理し統制する近代的方法をとり、それによって潤滑にいくという社会形成を成すための実験を行った。こうして人間社会が向上するという方向を具体的に明示しようとした。これは19世紀頃の話だ。だから、未熟で、いまだ不完全なものなのだ。今となっては、「なになに主義」という社会システム自体が絵に描いた餅のようなもので、いわば“迷信”という明確な答えを出てしまった。
 日本は敗戦後、そのシステムのぬるま湯にどっぷり浸かり、偽物を本物だと思い込む、まさに迷信にはまりこみ、物事を正確に見る眼(まなこ)を喪失させてきた。人に迷惑をかけないように、頑張った者が自立した立派な大人と見なされ、また、そうなれなかった者は努力が足りないといわれ『負け組』とよんできた。そうして社会を貧富と二分してしまった。こういったことを資本主義一般的には呼んでいるように思うが、この国の資本主義は本当の資本主義ではない。
かつてマルクスとエンゲルスが提案した科学的社会構造。それは資本主義とは、数多ある社会発展の科学的実践的方法論の1つに過ぎないということだったのだ。つまり結果をいうと、手段が目的になってしまったということだろう。

 2、これまでのことをふりかえっておもうこと

 夏にみんなで観たDVDでは、人間が努力して得た英知は、人間が人間自身を破壊することのできる装置(原子爆弾)をつくってしまった歴史を学んだ。勉強ができて頭が良い、従順で真面目な人間が戦争に利用され、大量殺人兵器をつくる。一見便利な道具たちはみな平和利用の産物であること。その中で本当の人間らしさをなくしていった。
 今日の日本の状況はその附けが回って来たということだろう。 派遣社員の削減という現象によってツケを払うのは労働者だ、この状態が続けば自殺者はもっと増える。社会は均等を失って戦争が始まるかもしれない。一触即発の状態に近い。しかし、そんな状況などかまっていられないほどに生活はきびしい。いまや日本は『自殺大国』というありがたくない名前までつけられてしまった。
 働きたくても働けない。生きたくても生きられない状況が迫っている人たちがどれほどいるのだろうか。この国にいて存在価値を認められずに苦しんでいる人はどれほどいるのだろうか。
日本人がこれまで11兆9千億円という大量のゴミを出すことによってによってアフリカの餓えと砂漠化は加速度的に進行し、深刻な状況に陥っている。日本は大量のゴミを捨てることによって先進国になった。

  3、思うこと

 有志以来、人は本当に人として生き生きと生きていける世界を、心の底から求めてきた歴史がある。いまここにいる自分という存在はそのことを求めて歩んできた歴史の結果なのだ。これから人はどのような道を歩んでいくのかはわからない。
人間が全存在をかけて求めているもの。それが見つからないならば、絶望の縁で一人虚しく死んでいくことを選ぶ意外にない。
 しかし、「絶望は希望なき者の希望である」と作家のミランクンデラがいうように、ピンチはチャンスでもあることを忘れてはならない。
そう思いながら、今年亡くなったこの会の中心メンバーだったS君のことを思い返している。彼にはこのことを言いたかった。

  4、提案

 この一年間、平和について、あるいは自分たちの生活状況や環境のこと。それから世界の状況と日本の状況。そのようなことを多岐にわたりながら様々な角度から毎月語りあってきたとおもう。
今日はその〆として総括をしてはどうだろうかと考えているのだけれど、みんなはどうだろうか。
 
 自分のおもっていることを書きたいと思う。集団(仲間)とはどういうものか、ということだ。本当の仲間とはどういうものかということを話すことが大事ではないかと思う。集団の中で人が育つということはどういうことだろう。
ただ楽しく可笑しく酒を飲むのなら誰でもいいのだ。飲み屋のお姉ちゃんだっていい。しかし、自分の悩みや考えを真剣に話し合って、共に生きることのできる場と仲間がどれだけあるだろうか。心の通わない人間関係、冷ややかな人間関係で生きるからこそ生きにくいのではないかな。一生付き合っていける仲間って何だろう。
それぞれが考えられる場が大事だとおもう。答えはなくていい。

S君は、ぼくらに大事なことを教えてくれたともう。


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