お祝いの仏事

 世の中にはいろんなご縁があるもので、本日のお勤めは名目上は一応「厄入り」。

 濱田家の先代の肝っ玉ばあちゃんの仰せ、「とにかく仏法を」・「仏法を聞かなければ本当の人間になれんぞ」という遺言に応えて息子さんの40歳のお祝いとして3代そろって一緒にお勤めをいたしました。

 濱田家は代々仏法にご縁のある家庭で、お父さんの孝則さんは総代さんもつとめていただいています。

 こうやって仏法に近づくのためのご縁であればお安い御用です。いつでもどうぞ。

 

 孔子の論語に
「子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る

、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。

という有名な言葉があります。

 これは孔子が晩年に人生を振り返って言ったことばなのだそうです。これを聞いて果たして人生を振り返ってこのようなことを言える道を歩んでいるのかといえばまことに心許ない限りです。

 一方、現代という時代は、「正しく生きる」ことに誰もが惑っている時代でもあるように思います。逆から言えば「惑うことに恐れをなす」時代とも言えるし、「正しくなければいけない」という価値観が自分を苦しめていることでもあるのでしょう。

 人間には何が正しいのか分からない。だから人は惑う、それは人間の宿業なのでしょう。

しかし、迷わない人間はいないし、迷ったことがない者が正しいということに目覚めるということはありえない。やっぱり、人間は仏法を聞かなければ堂々と惑うことさえできない存在なのです。
 ときにはその「正しく生きたい」というおもいにあやしげな宗教がすり寄ってくることもさえあります。かつて立派な科学者や明晰な学者などがその正しさに惑いある宗教団体に入信したことは多くの人の記憶にあることでしょう。

しかし、迷わない人間はいない。この孔子の言葉は、むしろ迷ってばかりの人生に惑わなくなったということではないでしょうか。

本日はおめでとうございます。

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