雑感。モジモジしたら書きたまえ2

<自己中心的な人間の心が地獄を作り出す>

 

名な寓話のひとつに、「天国の食事・地獄の食事」という話があります。

 

はそのいのちを終えると、閻魔の前に行くと言われています。まず閻魔のところに行くと待合室のようなところに通されしばらく待たされます。するとお腹が空いてきた頃を見計らって閻魔は人々の心を試すため、次の部屋へと通します。その部屋にはたくさんの料理が用意されていて「この料理をそこにあるお箸を使って好きなだけ食べていい」といいます。そして閻魔はこう言います。「飢えを満たすことの出来たものは極楽浄土へ。飢えたままの者は地獄へと堕ちるだろう。」と。
そう言われて、よく見ると料理の前に1メートルもある長いお箸がおかれていました。その箸は1メートルもありますから「自分の腕よりも長い箸でどうやって料理を食べればよいのか」と動揺が広がります。
すると閻魔は続けてこう言います。
「では今から地獄の食事風景と極楽の食事風景をお見せしよう。」
といって閻魔が最初に開けたカーテンの向こう側は、地獄でした。
人々は先を争うように長いお箸で料理を自分の口に運ぼうとするのですが、誰一人としてその食べ物を口にできる者はいません。そこには、我先に食べようとするが故に食べられず、互いに怒りをぶちまけて貪り争い合う醜い世界の様子がありました。

 

に閻魔がカーテンを開けて見せてくれたのは極楽の食事風景でした。
人々は地獄とまったく同じように1メートルもある長いお箸を使って料理を食べていました。それは目の前の人の口にその食べ物を運んでお互いに交互しながら食べ物を与えあっていたのです。なんとも豊かでなごやかな食事風景がありました。
人々はあのようにすれば自分は極楽に行くことができると安堵し誰もがそう思いました。

 

かし、実際に食事が始まりました。しばらくすると、あろうことか極楽へ行くための方法をすでに教えてもらっているというのに、人々は次から次へと地獄に堕ちていくではありませんか。一体なぜ人々は地獄へ落ちたのかと思ってその様子を観察すると、三種類ほどのパターンがありました。

 

ただひたすら待っているという人
自分から進んで行動を起こすことはせず、他者が食べ物を口に入れてくれるのを、ただひたすら待っているのです。そして、他者が食べ物を口に入れてくれた時だけ、その相手にも食べ物を差し出すのです。しかし、その存在が目立たないが故、次第に人々はその人の前を素通りします。こうしてその人は誰からも食べ物をもらえず、飢えたまま、人々を恨みながら、地獄へと堕ちていきました。

 

とにかく与え続ける人。
自分が食べ物をほしいので、相手の好みや都合も聞かず、とにかく誰彼かまわず食べ物を与え続けるのです。最初はそれでもいいよかったのですが、次第にそのやり方があまりにも自己中心的で強引なために、次第に人々は離れていきます。こうしてその人は誰からも食べ物をもらえず、飢えたまま、人々を恨みながら、地獄へと堕ちていきました。

 

取り引きをする人。
今からこれをお前に食べさせる。その代わりお前はこれを俺にこれを食べさせろ、という感じで要求して取引するのです。一見もっともなことのようですが「お前も俺に食べさせろ」という態度があまりにも高圧的でうさん臭いため、次第に人々は離れていきました。こうしてその人は誰からも食べ物をもらえなくなり、飢えたまま、人々を恨みながら、地獄へと堕ちていきました。
気が付いてみれば、次から次へと人々は地獄へ堕ちていきます。極楽へ生まれる方法はみんな知っているはずのに、極楽へ行ける人は、まったくいなかった。

 

こんな話です。おおよその人はこの中の誰かに当てはまることでしょう。

 

 

 

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