間違われやすい仏教語1 永代供養と『永代経』

<『永代経』は『永代供養』ではありません>

 以前、お参り先で「永代経法要をお寺で行いますので、どうぞ皆さんお参りください」と案内状を一人ひとりに手渡したところ、「あ、萬行寺さんでも永代供養をやっているんですね」という返答をいただいたことがありました。

その方は「永代経法要」を「永代供養法要」といったように受け取めているようでした。

そこでわたしが「この案内状にもありますように、今回の法要は「永代経」といって、いわゆる永代供養のための法要ではないんですよ」といった趣旨のお話しますと、その方はよく分からないような顔をされました。

 また法要にお参りに来られた御門徒さんが「お寺へ永代経を納めたら先祖供養はしなくてもいいんでしょう?」と尋ねられたこともありましたし、あるいは「納骨堂がほしいのですが永代供養ありますか」などの問い合わせも時々あります。

そのような混同があることはわたしも承知しています。

永代供養についての問い合わせ内容は百人百様で、一つとして同じということはないほど様々です。

しかし根本的に永代供養と永代経は内容がまったく異なるものなのです

 

<仏様の教えを伝えていくための法要>

 仏教は「未来の人たちへの教え」と言われます。仏教の歴史に刻まれた祖師方は、未来の私たちが仏様の教えに出会って人生を成就してほしいと願っているのです。

つまり浄土真宗の独特の仏事である『永代経』とは、仏さまの教えが未来の先祖にまで末永く読み継がれていくために行う法要のことを言います。あるいは仏さまの教えを大切にいただくための法要と言ってもいいかもしれません。
 つまり、永代経をしたとしても死者の追善供養を寺院が代わりにしてくれるというわけではありません。
 浄土真宗では追善供養は行わないとよく言われることです。真宗における仏事の基本は、亡くなっていかれた方々やご先祖をご縁にして(その方をきっかけに)お経をいただく生者ための仏事です。そういったことから先に亡くなっていかれた方々をご縁とする機会が多いことから、混同されやすい真宗独特の仏教語です。

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