九州教学研究所 長崎分室 移動例会 in京都・奈良

九州には教学研究所という研究機関があります。長崎教区の長崎教務所内にその分室が置かれ、そこで毎月の定例会として今年度までの3年間、善導大師の『観経四帖疏』を学んまいました。この度その集大成として移動例会を行われました。

今回は京都・奈良の古刹・名刹などを訪ねる教学探訪の研修を行いました。

 

 

まずは伊丹空港からまっすぐ真宗本廟にお参り。おもえば去年の6月にも『大人の修学旅行』で参詣しました。その時も雨の心配がありましたが、見事な快晴でむしろ暑いぐらいです。

 

1人足りませんが、とりあえずパシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年にオープンした親鸞交流館内にある「真宗大谷派教学研究所」におじゃまして楠信生所長に「仏事と教学」という講題でご講義をいただきました。

仏事と教学

《ノートより》

教化の主体はあくまで「仏」。それに対して教化を受ける我々は諸化。我々が仏の教化をいただき、ともに仏の教えに出遇うから「仏事」という。

<諸仏の教え>

我々がご門徒にお葬式なの亡き人をご縁として接するときに言う「亡き人を縁とする」とは、亡き方を諸仏といただくところに大切な仏事の意義がある。
<儀式から学ぶ> 

●中村元先生の説によれば、インドで仏教が衰退した理由として仏教が次第に密教化して行ったことと儀式としての教化を持たなかったとこと挙げられる。と言われています。

●儀式には「懺悔」と「讃嘆」が含まれている。

●本願を通して人に出遇うのが仏事。

<信仰生活と荘厳>

これまで真宗の僧分はご門徒に永らく「お内仏は先祖壇ではない」と縷々語ってきたように思う。しかし、本当に浄化荘厳。つまり、お内仏が「仏まします世界の荘厳」であることをご門徒にしっかりお取り次ぎしてきたのかと言われると、我々は果たしてそのことをどれだけ語ってきたのだろうか。

この「仏まします世界」とは、如来が今現在説法したもう世界。果たしてお内仏が仏まします念仏の道場たり得ているのかどうか。

そこで聞名という事が大切ではないかと思います。宮城收萓犬呂海鵑覆海箸鮓世辰討られます。

どこまでいっても作心が退かない私たちに唯一作心を起こさせない行が『聞名』なのです。つまり、人間の作心、人間の意識を破って私の上に起こってくる歩みが聞名なのです。

●「伝える」は慢心の心。「伝わる」とは分かる分からんを超え、教えの私有化を破って行くのが聞名です。

 ご講義をいただいたあとは教学研究所内を案内していただきました。宗門の教学研鑽の各機関がここにあります。

 毎月発行の「教学研究」などなどの機関紙。あるいは経典や聖典などの様々な書物の編纂など、宗門の核となる教学の中心です。

今回初めて拝見させていただきました。中には久しぶりにお会いする方々も。どうもお世話になりました。

 

 

 

 

 

 

 


 そして東山にある臨済宗東福寺派の勝林寺さまにて初めての座禅体験。とても貴重なひとときでした。

 

 こちらのお寺は臨済宗。東福寺の塔頭(たっちゅう)なのだそうです。

人間は考える生き物。「考えるな」と言われても、考えないことを考えてしまうぐらい考える生き物です。

息慮凝心して次々に出てくる考えや思いを流してこころを一箇所に留まらないようにするのだそうです。

 

いい体験学習でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                              

 

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