寺報「徳風」第26号

2018年(平成30年)3月1日発行

はちす

共にいのちを生きる

共命鳥とは、一つの体に頭が二つある極楽の鳥です。その頭には「カルダ」「ウパカルダ」という名前がありました。しかし、この二つの頭は片方が「右へ行きたい」と言えば、もう一方は、「いや私は左へいきたい」と言い、片方が「もっと遊びたい」と言えば、もう一方は「いや、もう休みたい」といったふうに大変仲が悪く、いつも喧嘩していました。身体が別々であれば、さして問題になりませんが、身体が一つなのでいつも喧嘩になるのです。こうして毎日、言い諍いをしていました。
ある時、ウパカルダの眠っている間にこっそりカルダが美味しい果実を食べたことを知ったウパカルダは、妬み、復讐のためにカルダが眠っている間に毒入りの果実を食べたのです。しかし身体は一つですから、やがてウパカルダもしばらくして命を落とすことになりました。しかし、カルダは美味しい実を独り占めしようと思ったわけではなく、眠っているウパカルダを起こすのが気の毒で、自分が実を食べればウパカルダの栄養にもなるからと思って食べたのでした。カルダはウパカルダに言いました。「あなたのような怒りや嫉妬心はだれの利益にもなりません。ただ自らを傷つけ、そして他人をも傷つけてしまうだけです。」といって息絶えました。 『仏本行集経』
これが『阿弥陀経』に登場する共命鳥の説話です。事実、憎しみあいながらも共に生きているのにもかかわらず、自我を主張するが故に、共に生きいくことができない悲しい私たちの身の事実を教えるため、共命鳥は極楽浄土で今日も「念仏もうせ」と鳴いているのです。 (釈 大攝)

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