第8回 推進員の集い

     第8回 推進員についての協議会

 

  夏が終わり、夕涼みの季節とはいえ、まだまだ暑さが続きます。皆様、如何お過ごしでしょうか。

 

さて6回目の集いで、いつまでも「こうすればとか、ああすれば色々と話し合っていても、実行しなければ始まらないので、すべきことや出来ることは実行しよう」という心強い意見も上がり、実際にいくつかの試みを実行する運びとなりました。

 

 推進員の皆さんが主体の会で、推進員の皆さんの意見を汲み上げながらお寺を盛り上げていきたいと思います。推進しているという手応えを感じられるような会であってほしいと願いまし。忙しいとは思いますが、参加できない方は案内状に目を通していただくだけでも結構ですので、何卒よろしくお願いいたします。

 

今回は出席者が少なかったですが、有意義な会だったと思います。

仏法は有り難いものですが、それは学び続けていけばありがたくなるのではありません。あくまで学ぶ事と、聴聞は車の両輪のようなものです。どちらが欠けても成り立たない。仏法を学ぶことはとても大事なことですが、興味関心に陥ってしまいがちです。また学ばなくとも聞法だけしていればいいというのも良くないと思います。学ぶということは聞法であり、聞法することが学びそのものであるようにいただくことが大事ではないでしょうか。そこに「頭が下がるように聞く」という習慣を身につけることが大切だと思います。昨今は聞法する力が弱くなっているように感じます。それも聞法することや仏事を行う機会が減っていることに起因するように感じます。そこのところをどのように確保し、担保していくか・・・・・。どこまで出来るかわかりませんが、地道に続ける以外ないのではないかと思います。と言って黙って待っているのでは現状維持どころか先細です。もともと先細ですから攻めの姿勢は大事なのかもしれんません。以上が今日の感想です。

 

 

○宗教が「個の自覚の宗教」になっていない。現代は家族で別の宗教を信奉することが普通の時代。

 ➡信教の自由ということの受け取りが間違っている。

  自分が好きな宗教を自由に選んでいいと考えるようになった。

 ○自分に案内状が来ない人は、お寺には行ってはいけないと思っている人が多い。

○誰でも自由に出入りできる場であることを知ってもらうにはどうすればいいか。

○推進員が一同に会する大会を催してはどうか。

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