作上がり法要厳修

蝿一つ 打っては 南無阿弥陀佛かな  小林一茶

 

 かつて人々は山川草木や草叢の虫にも敬意を込め、手を合わせる暮らしを営んでいました。すべての生き物と共存しながら頭の下がる人年としてお育てを頂いてきたのです。我々は自然から生み出され、自然から守られている。このあるがままの姿を自然から学ぶべきなのでしょう。
 今日の時代では「自然は人間が保護するもの」という立場になってきています。これは人間が傲慢になったということではないでしょうか。かつての時代では、田植えが終わると、農作業のために無数に殺した虫たちのいのちを拝むため「作上がり法要」が勤まっていました。現代は、いのちを軽んじられるような時代とも言われますが、虫を殺してもそのいのちを拝むことが日々の暮らしの中でどれほどあるでしょうか。今一度、このことの意味の深さを見直してみる必要があるのではないかと思います。

 

今日から2日間、「作上がり法要」が勤まります。

二日目は萬行寺真宗婦人会が主催の物故者追徴会(ぶっこしゃついちょうえ)を兼修いたします。

講師は2日間ともに大村市西教寺住職の田中顕昭師です。

萬行寺には住職となられてからは始めてのご法話です。

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