第18号 はちす

自然(じねん)の浄土
夕陽を見ていると、気持が安らぎ、今日一日の太陽の恵みをおもい、感謝の感情が自然におこって安らぐものです。西方浄土というのはそういうことからくるのです。「自然」という言葉を現代の日本人は爐靴爾鶚瓩汎匹澆泙后
これは近代ヨーロッパの影響によるといわれています。明治以前の日本人は天然とはいっても、自然(しぜん)とは云わなかったようです。すなわち日本の伝統では、<おのずからしからしめる>という意味で爐犬佑鶚瓩汎匹鵑任たのです。これは中国三千年の伝統を通じ、老荘哲学では「自然法爾(じねんほうに)」と言って浄土真宗をみごとに表現した言葉でした。
すなわち「自然法爾」とは人間の考えの及ばない、人間の知恵を超えた、普遍なる平等世界のことです。大無量寿経には「自然の浄土」ということばさえあります。
例えば幼い子供が屈託のないし ぐさをすると、自然に微笑みが溢れます。泥池に蓮の花が咲いていると、どこからか静かな感動があがり、合掌する人さえいます。児童や蓮華には争いを終わらせ、罪が浄まるはたらきがあり、まるで仏さまにも似た功徳があるのでしょう。これらが浄土の功徳です。「自然法爾」です。文明で大地が汚染されていない、核で放射能汚染していない、利害の争いのない、浄らかな精神世界です。すなわち「自然の浄土」というのです。
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