報恩講おさらい

報恩講は28日で終わりですが、最後に「おさらい」というものがあります。


おさらいとは、報恩講の最後の和讃は『如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし〜』で一応大団円となりますが、その終了後、全員で後片付けをすませ、荘厳を完全に通常の状態に戻してからお勤めをします。
萬行寺では次の日のお朝事で「おさらい」を行います。

「自分たちはしっかり報恩講を勤め、よく励んだ」という充実感が、今度は自分の慢心を生みます。そこに仏知を疑惑する心が生まれる。ここが肝心。ご用心。

報恩講 結願

これで今年の報恩講は今日でおわりです。

式次第
<日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『三朝浄土の大師等』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』  



最終日、結願(けちがん)は法衣をつけます。フィナーレのトリを飾る和讃は「如来大悲の恩徳は」です。





台所も大忙しです。最後の日は参詣者全員にお斎がふるまわれます。












片付けの前にお斎をいただきます。これで報恩講最後のお斎です。




食事<メニュー>



お斎の後は、報恩講のすべての荘厳をといて平常の荘厳に戻します。夕方までかかって華をいけかえます。華方は大変です。








お華束も全部ばらばらにして、皆さんに持って帰っていただきます。














一周間かかった準備も片付けは本当にあっけなく、早いものです。





厨房班はようやく食事。
今日まで約2週間。厨房班は、昼夕のお斎の準備で法話を聞く時間がほとんどありませんでした。
ほぼ毎日違うメニューでお斎をつくっていただきました。とてもおいしかったです。ありがとうございました。
毎回思うのですが、やはり一番の貢献者は厨房班のみなさんではないかと思います。拍手
ごちそうさまでした。そしておつかれさまでした。



明日は『お浚い/おさらい』で、報恩講が終わって息つく暇なく来年の報恩講へ向けて新たに始まることを意味しています。


報恩講6日目  大逮夜

今日は大逮夜。
晨朝(じんじょう)7:00~
   
   文類正信偈 草四句目下
   和讃    『菩提をうまじきひとはみな』
   御文    『御正忌』

<日中>10:00~12:00まで
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『浄土の大菩提心は』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』    
 

大逮夜(おおたいや)19:30~9:30まで
(※雅楽によるお勤め)
  正信偈    真四句目下
  念仏讃    濁五 
  和讃     「五六億七千万」
  廻向     我説彼尊
 
  法話     若院




今日はNCC(長崎文化放送/5ch)で朝7時15分から放送されている『びたみん』という番組の収録がありました。
今日は長崎教区の議長のインタビューと実行委員長のインタビューがありました。
収録した番組の主な内容は「お待ち受け大会」の宣伝ですが、今日の大逮夜の様子も少しだけ放送されるそうです。

夜は雅楽でのお勤めがあり、控えの部屋は、法中でいっぱです。総勢15人。(内陣出仕3・下陣出仕6・楽人6)と萬行寺の報恩講では一番賑やかな日です。


今晩は『お通夜』と呼ばれ、かつては泊まり込んで結願(けちがん=最終日)を迎えることから、27日の法要後にお斎を出します。
今回は参詣が多いようでした。他のお寺からも参詣がありました。




報恩講5日目

式次第
<日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『いつつの不思議をとくなかに』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』    







今日の日中から益田惠真師のお話です。
益田師は去年から来ていただいています。長崎教区第2組、報恩寺住職です。


 

<今日のメニュー>






式次第
<逮夜>19:30~
  正信偈    行四句目下
  念仏讃    濁五
  和讃     高僧和讃十六『専修のひとをほむるには』
  廻向     我説彼尊功徳事
         『改悔文』    

報恩講4日目

いよいよ中日。
日中で岡本先生の法話が終わり。
岡本先生の法話はこれまで話してきたことのまとめ。
教典で言うところの「流通文」(るずうぶん)にあたります。

式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『本師龍樹菩薩は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「三箇条」

式次第
<中日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『生死の苦海ほとりなし』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』    

=====<献立>======
     
     カレー
     生野菜
===============


夜は親鸞聖人の御生涯の物語が書かれた絵巻物が拝読されます。この絵巻はいわば聖人のひ孫にあたる覚如上人の親鸞伝といったところでしょうか。

御伝抄は宗祖親鸞聖人の曾孫にあたる第三代覚如上人(かくにょしょうにん)が、聖人の遺徳を讃仰するために、の33回忌にあたる建仁2年(1294)、その生涯の行蹟を数段にまとめて記述された詞書(ことばがき)と、数段の詞書に相応する図絵からなる絵巻物として成立しましたが、写伝される過程でその図絵と詞書とが別々にわかれて流布するようになり、この図絵の方を「御絵伝(ごえでん)」、詞書のみを抄出したものを『御伝鈔(ごでんしょう)』と呼ぶようになりました。
御伝抄は上下巻ありますが、二巻読むと時間がかかるために萬行寺では上下を二年に分けて拝読しています。今年は下巻。拝読者は役僧さんの三澤師です。

本堂の照りを消し、ロウソクの明かりのなか、親鸞聖人の生涯が書かれた御伝鈔が運ばれ、荘厳な雰囲気で拝読されました。



こんな装束を付けて御伝鈔を運んできます。


その後は御伝抄絵説きです。

御伝鈔絵説きは林田師です。絵の部分は本堂の内陣とよばれるところの一番端のところに掛けられています。その絵を一つ一つ解説していただきました。
親鸞聖人が命終様子を娘の覚信尼(かくしんに)が関東に住む恵信尼の元へ手紙を出している内容に触れてはなされました。
親鸞聖人の最後は普通の人とどこも変わることもなかったと記され、その様子が偉人や聖者としての終り方でなかったことがかえって皆を安心させ、念仏して生きる道がどのような人にも平等に開かれた開かれた無礙の一同であると身を持って示された姿でしたと語られました。



来年は前半が拝読されます。
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報恩講3日目

式次第
<晨朝> 7:00~
  
先、総礼
次、文類正信偈  草四句目下
次、念仏讃    濁三
次、和讃     『尊者阿難座よりたち』
次、廻向     世尊我一心
次、総礼
次、御文     「大阪建立」

式次第
<日中>10:00~
先、総礼
次、文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
次、念仏讃    濁五三
次、和讃
     『無碍光仏のひかりには』
次、廻向     願以此功徳
次、総礼
次、『改悔文』    





逮夜(たいや)19:30~
先、総礼
次、正信偈    真四句目下
次、念仏讃    濁五 
次、和讃     「十方微塵世界の」
次、廻向     我説彼尊
次、総礼
次、『改悔文』
  法話     岡本英夫 師(島根県浜田市 徳泉寺住職)



明日は中日。逮夜(7:30~)には御伝抄の拝読があります。どうぞお参りください。

報恩講2日目

徳風8号より転載

<報恩講>
如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も骨を砕きても謝すべし


 報恩講は日本中のお寺や海外の真宗寺院でも必ず行われる法要です。
その中でも萬行寺の報恩講は全国でも遅い時期にはじまります。
 今年の報恩講は、「お客のいない報恩講にしよう」と総代・講頭さんに喚びかけました。
それはなぜか。
お寺は私たちの人生のあり方を問う大切な『聞法の道場』だからです。
強いていうならば、お客は親鸞聖人やお釈迦さまなどの師主知識の方々です。
命がけで私たちに教えを伝えてくださった諸師方に対して、私たちは聞法という形で如来へのご恩を聞くのです。
それが宗祖としての親鸞聖人がもっとも喜ぶことなのです。



式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『安楽仏土の荘厳は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「毎年不缺」




日中式次第
<日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『自余の九方の仏国は』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』    
 <法話>



逮夜(たいや)19:30~

  正信偈    真四句目下
  念仏讃    濁五 
  和讃     「神力自在なることは」
  廻向     我説彼尊
  『改悔文』

  法話     岡本英夫 師(島根県浜田市 徳泉寺住職)

岡本英夫先生

報恩講初日!

いよいよ始まりました。

日中の法話は住職
逮夜からは岡本英夫先生です。



<献立>
昼 豆腐の挟み上げ
  きんぴら
  すまし汁

夜 豆腐のフライ
  揚げ豆腐のあんかけ
  茶碗蒸し

まずはお朝事。報恩講は朝から始まります。

式次第

<晨朝> 7:00~
 先、総礼 
次、文類正信偈 草四句目下
 次、念仏讃   濁三
 次、和讃    道光明朗超絶せり
 次、廻向    世尊我一心
 次、御文    「中古已来」
 次、総礼



<初日中> 10:00~




『法服(ほうぶく)』とよばれる特別な時(とても大事な法要)と七条という装束をつけます。
一人では着れないので、役僧さんに着付けてもらいます。

式次第
先、総礼
次、登高座
次、『伽陀』   稽首天人
次、『報恩講私記』
次、『伽陀』   直入弥陀
次、下高座
次、総礼
次、文類正信偈  草四句目下(早)
次、念仏讃    濁五 
次、和讃     「光明月日に勝過して」
次、廻向     願以此功徳
次、『改悔文』
次、総礼
次、法話     住職


逮夜(たいや)19:30~

式次第
先、総礼
次、正信偈    真四句目下
次、念仏讃    濁五 
次、和讃     「神力自在なることは」
次、廻向     我説彼尊
次、『改悔文』
次、総礼
次、法話     岡本英夫 師(島根県浜田市 徳泉寺住職)

報恩講準備/7日目

今日は荘厳を全部仕上げてしまいます。
お磨きで綺麗になった仏具をおいていきます。
普段は三具足ですが報恩講は格別なので五具足となります。


お華束が出来上がりました。




今年は五色幕と紫幕を張ります。今年初めての試みです。

その後はおつかれさまをして明日に備えます。
明日からは料理は精進です。

いよいよ明日から報恩講が始まります。
みなさんどうぞおまいりください。

報恩講準備/6日目 お華束の荘厳

今日は昨日に引き続きお華束つくりです。
昨日は人海戦術で餅つきを行いましたが、こんどはその餅を串に刺して内陣荘厳にします。
いわゆる「お華束/おけそく」といわれる荘厳です。
このお華束方は、毎年浦郷の担当になっています。浦郷のお華束方は精鋭部隊ですが、熟練した手つきでやっています。
去年お華束方に長年貢献した方が二人亡くなられましたが、そのお二人は「日本一のお華束をつくる」といって本廟にも足しげく通い研究を重ねたと聞いています。一人は家具職人だったため、お華束をつくりるための道具の工夫はなかなかなものがあります。
あまりシステマチックにするのもどうかなと思うところもありますが、それでもたいしたものです。






完成するとこんな感じです↓



お華束方スナップショット。




その後は打ち上げ。総勢20名

<献立>
にぎり寿司
唐揚げ・フライ
ブロッコリー・ハム・かまぼこ
大根と角煮の煮物
かぶの酢もの
すまし汁

酒/ビール


報恩講準備 5日目/餅つき

いよいよ準備の山場。
今日は餅つきです。餅つきは萬行寺の近辺の浜田郷の人たちが担当です。例年の旧誼ですが欠航みなさん集まってきます。華方・餅方・お華束方を含めると総勢で70名ほどになると思います。
それだけのお斎をつくる厨房も今日は大忙しです。


まず洗った餅米を外で蒸します。




蒸したものを機械でついて、人海戦術で延ばしてくり抜いていきます。


延ばしているところ。


くり抜きます。


一つずつ並べていきます。くり抜く餅の数は2000個近くです。次から次にどんどんやってきます。












<献立>70名分
おにぎり
すり身、芋の天ぷら
煮物(大根、かんぼこ、人参)
なます
かぶの酢漬け
煮豆
寄せもの
豚汁

報恩講準備/4日目



華も立ち始め、明日は餅つきがありいよいよお華束(おけそく)とよばれる餅飾りつくりがはじまります。
それが出そろえば、おおよその荘厳は手を付けた事になります。

萬行寺の報恩講はいつの頃からかわらないそうですが、1月の22日から28日までの一週間毎年の例事として勤まっています。
聞くところによると一週間勤めるのは全国でもほとんどなく、基本的に各地の別院で5日間勤まるのが最長の日程として決まっているらしく、なぜか長崎の寺院が伝統的に一週間勤めているところが多いのは不思議だとおもっています。

かつての長崎教区内の大谷派寺院では、おおよその寺が一週間の報恩講を厳修して賑わっていたとも聞いています。
現在では、西光寺(福田)専念寺(有家)福浄寺(川棚)浄満寺(式見)萬行寺の5カ寺だけですが、それでもなんとかやっていこうとがんばっています。

長崎の報恩講の歴史は、これから先は私的な解釈であまり確証はありませんが、古くをいうならばキリシタン弾圧と関係があるのではないかと考えています。
長崎は江戸時代以前、江戸幕府による禁教令が出されるまでは大村純忠がキリシタン大名とよばれるように、そののちもキリシタンが多く住んだ町としても有名でした。
かつての長崎市内は長崎甚左衛門が洗礼を受けた事により彼の所有する長崎港をはじめとする主要地はキリスト教国の領地としてヨーロッパに献上されました。
ちゃんとした資料が残っていないので憶測の域は出ない話ですが、当時から流通の要所であった長崎街道沿いにあるここ時津町は、萬行寺が当時の言葉でいえば耶蘇教禁教令(キリシタン禁教)のために建てられられ、キリシタンの見張りを行っていた寺であるということが資料にあることから、多くのキリシタンがとも考えられそうです。
そこで、キリシタンの取り締まりをしっかりやっているというアピールのために一週間という本山なみの大法要を熱心に行う伝統が引き継がれているのではないかと想像します。





<献立>
コロッケ
みそ汁
ごはん