徐夜会→新年です

新年 あけましておめでとうございます。

今年も萬行寺をどうぞよろしくお願いします。

 昨日は深夜遅くにもかかわらずたくさんの方が徐夜会に来られました。

 3年ほど前から参詣者多数のため、本堂に上がってお参りされた方に整理券を配布し、順に鐘をついていただくようにしています。

 それでも行列は長蛇になり渡した整理番号は105番。計算上では総勢で250名は超える方々が本堂に上がって参詣されたことになります。

 一年に1回のイベントごととしておいでになる方も多いかと思います。

とにかく毎年のことですが22日から一週間にわたって報恩講が厳修されます。案内状が刷り上がりましたらお知らせ致しますのでどうぞお参詣ください。

 

 

 

 

 

 

 

「お寺でじいーん」の撮影

「いっちゃん」こと、市原隆靖さんが来寺。YouTubeにて市原さんが企画・出演・編集する番組『お寺でじぃーん』の撮影が行われました。

はじめての「お題トーク」に少々戸惑いましたが、楽しく過ごせました。

市原さんのいい按配の質問とやりとりが心地よいトークでした。放送されるのが楽しみです。

 まだチェックしていない方はこの機会にぜひチェックしてみてください。

この番組は宗派を超えて様々なお坊さんのお話を聞く番組で、どのお坊さんも仏教の素晴らしさを伝えたいという思いでお話しされていますよ。毎週第二・第四日曜日に更新予定だそうです。あなたの近くのお坊さんのところにもいっちゃんが行くかもしれません。

 

永代供養と『永代経』 間違われやすい仏教語1

<『永代経』は『永代供養』ではありません>

 以前、お参り先で「永代経法要をお寺で行いますので、どうぞ皆さんお参りください」と案内状を一人ひとりに手渡したところ、「あ、萬行寺さんでも永代供養をやっているんですね」という返答をいただいたことがありました。

その方は「永代経法要」を「永代供養法要」といったように受け取めているようでした。

そこでわたしが「この案内状にもありますように、今回の法要は「永代経」といって、いわゆる永代供養のための法要ではないんですよ」といった趣旨のお話しますと、その方はよく分からないような顔をされました。

 また法要にお参りに来られた御門徒さんが「お寺へ永代経を納めたら先祖供養はしなくてもいいんでしょう?」と尋ねられたこともありましたし、あるいは「納骨堂がほしいのですが永代供養ありますか」などの問い合わせも時々あります。

そのような混同があることはわたしも承知しています。

永代供養についての問い合わせ内容は百人百様で、一つとして同じということはないほど様々です。

しかし根本的に永代供養と永代経は内容がまったく異なるものなのです

 

<仏様の教えを伝えていくための法要>

 仏教は「未来の人たちへの教え」と言われます。仏教の歴史に刻まれた祖師方は、未来の私たちが仏様の教えに出会って人生を成就してほしいと願っているのです。

つまり浄土真宗の独特の仏事である『永代経』とは、仏さまの教えが未来の先祖にまで末永く読み継がれていくために行う法要のことを言います。あるいは仏さまの教えを大切にいただくための法要と言ってもいいかもしれません。
 つまり、永代経をしたとしても死者の追善供養を寺院が代わりにしてくれるというわけではありません。
 浄土真宗では追善供養は行わないとよく言われることです。真宗における仏事の基本は、亡くなっていかれた方々やご先祖をご縁にして(その方をきっかけに)お経をいただく生者ための仏事です。そういったことから先に亡くなっていかれた方々をご縁とする機会が多いことから、混同されやすい真宗独特の仏教語です。

大谷派のお盆の荘厳 切子灯籠

お盆近くになるとお参り先で「お盆の提灯はどうしたらいいでしょうか?」という質問を多く受けます。

大谷派の正式な荘厳は提灯ではなく上の写真のような『切子灯籠』と呼ばれるものを内陣脇の余間に吊るします。

一般家庭ではほとんど見られることのない灯籠です。

お盆前に本堂余間にかけますので本堂に上がって参考にしてください。
家庭のお内仏に掛けるならば、脇の柱に掛けるなど、仏間の状況に合わせ工夫しすると良いでしょう。 また、お墓や玄関先に灯すといわれる所謂「迎え火」等の提灯は正式に定められた作法はありません。したがって迷信に惑わされぬよう適宜判断して使用ください。

 

 

 

 

法然上人・蓮如上人ご命日法要

 今日は久しぶりの法然上人・蓮如上人ご命日法要でした。昨今は「おとなの寺子屋講座」を行ってきましたので、しばらく法要という形では行なっていませんでしたので、久しぶりのご命日でした。

 この4月25日は毎年10:00から『永代納骨堂加入者の集い』も兼修されています。

昨年より参詣された方々には読経中に焼香をお願いするようにいたしました。そのせいではないとは思いますが、今年の参詣は一般の参詣も含めて50名程度で去年より若干増えているようでした。

平日にも関わらず多くのご門徒が時間を割いて参詣くださり、ありがとうございました。

 

 今回のご法話は久留米・長崎教務所長の武井弥弘教務所長。

いつも参詣される御門徒の感想では「もっと聞きたかった。」という声がありました。
参詣された方の中には、御門徒ではあってもお内仏のない方もおいでです。自分たちのお骨を納めるという事で、納骨堂に新しく加入された方もおいでです。そのご縁で初めてお寺の法要に参詣された方もあります。内容は逐一お伝えできませんが、今日の宗教事情や世界の情勢などを交えながら、「真宗の供養」というテーマでお話いただきました。

「人間とは何か」、「なぜ宗教が必要なのか」、「追善の仏事ではなく、報恩の仏事」という浄土真宗の基礎をお話いただきました。

 

<納骨堂について>

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当山の永代納骨堂は一般の方に広く募集しておりません。

加入にあたっては次の二つのことを加入条件としております。

 

,垢任毎濆垰所属のご門徒の方。またはご門徒に加入していただく。

 (他の宗派や他の寺院のご門徒はお受けできませんのでご了承ください。)

 

△寺の法要厳修の案内が届いたら、出来るだけ参詣できる方。または参詣するよう心がけていただくこと。

 

以上のことを条件としております。その他の事は直接お寺へご相談ください。

 

 

 

おとなの寺子屋講座  もしもに備えて知っておきたい仏事 中陰編

おとなの寺子屋講座 葬儀 通夜 浄土真宗 中陰 仏事 家族葬 終活 枕勤め お布施 萬行寺 葬儀社 お経 正信偈 納骨 納骨堂 永代供養 永代経 ご本尊 阿弥陀如来 親鸞聖人 蓮如上人 初七日 二七日 満中陰 百か日 浄土真宗 真宗大谷派の仏事 追善の仏事 報恩の仏事17回目の「おとなの寺子屋講座」を行いました。

今回は、もしご家族が亡くなられた場合を想定し、枕つとめから順をおって行うことや準備すること柄や心得などを解説を交えながらお話ししています。知っていて損はしない講座です。

 

今回は七日勤め(中陰)編でした。  その一節を紹介します。

 

中陰とは

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  1. (2017年7月の第2回講座「迷信と正信」〜正しい仏教理解〜より抜粋)

  2. 1、インドでは輪廻転生が信じられ、人が生まれてから死ぬまで、そして新たな生に生まれ変わるまでの期間を四つに分けた『四有説』 とういうものがある。その中の次の生に生まれるまでの「 中有」 の期間が現在の日本人の七七日(四十九日まで)の仏事の由来とされている。
  3. 1、この生まれ変わるまでの期間である中有の期間のことが中国に渡り、その国の習俗である『祖霊信仰』と結びついた。そのことは『仏説地蔵発心因縁十王(十王経)』 という偽経に詳しく示されている。
  4.  当時の中国において、死者の霊魂が肉体を離れ、我々日本人が考えているような、いわゆる「あの世」のようなところに行くと考えられていた。そこで閻魔王に代表される冥界の十人の王たちによって、死者が生前につくった罪業の軽重を裁量し、その業報の結果として生まれていく生処を決めるのである。
  5. 2、その霊魂が七七日(四十九日)を経て、次の生に生まれ変わるまでの四十九日期間に行われる仏事を中陰といわれている。その時に生者の読経の声が審判官に届けば、死者の生前の罪が赦される。この追善仏事が中国に入って十三仏事となり、日本に至って三十三仏事/五十仏事へと展開して現在に至っている。そうして最終的には一つの家の先祖となると言われている。どの追善仏事もこの三十三仏事まで勤めることとなっている。真宗の門徒はこのことに迷わされないよう参考までに知っておく必要があるが、決してこのことに囚われたり、こだわってはならない。

 

年末大掃除

歳末になりました。年末の大掃除が毎年の恒例行事です。

一年間で溜まった汚れを落としていきます。

 今日は本堂や庫裏、境内などの天井や加部 一年間に 今日は本堂や庫裏、境内で一年間にたまった煤や汚れをおとします。
 普段はあまり掃除しない天井や電気の傘、柱のうえの方もきれいに掃除しました。
これで萬行寺の一年間の行事は毎日のお給仕と25日と28日のご命日を除いて、一応終わりになります。
 大掃除が終わって、みんなで御斎(おとき)をいただいて解散しました。
一月にはいよいよ報恩講が始まります。

今年最後の御命日

歳末の礼には信心をもって礼にせよ。

  『蓮如上人御一代記聞書16 真宗聖典p857』

 

毎月28日は10:00より親鸞聖人のご命日です。

今年最後のご命日です。1月は報恩講がいよいよ勤まります。

 

「非核非戦」に憶う

「仏説無量寿経」には、法蔵菩薩は世自在王仏が説かれる国土人天の善悪と麁妙を聞き、覩見して五劫思惟して無上の願を建立されたと説かれている。

非核非戦の碑文には「共に生きよ」とも刻まれている。『「非核非戦」これは法蔵菩薩の叫びである』と仰った先達がある。まさに法蔵菩薩はあの原子爆弾の縁に出遇ったいのちの声を聞き覩見し、心願に応じて願を興された。まさに人間の深き闇を覩見し、諍い合わねば生きられぬ人間の心に「核に非ず、戦に非ず。共に生きよ」と叫んでいると言えるのではないだろうか。おもえば釈尊は

怨みをいだいている人びとのなかにあっても、われわれは安穏に生きよう。

怨みをもっている人びとのあいだにあっても、われらは怨みなく安楽に過ごそう。「ダンマパダ」

と言われている。

「現に共に生きているのだから、そのまま生きていきなさい」とは竹中智秀先生の言葉。まさに法蔵菩薩が獅子吼しているようである。

中学生が来寺

日曜日の午後から長与に住む5人の中学生が萬行寺にやってきました。

社会勉強の一環として、お寺を身近に感じてもらいたいということで、5人が通っている塾の先生の発案によって実現しました。

とても仲良しの5人組です。

まず正信偈をお勤めし、お話をしました。

短いお話でしたが、真剣に聞いてくださいました。

お話の後に自己紹介をして、あらかじめ用意してきた質問をしてもらいました。とても素直な質問でした。

その中に「ルールは何のためにあるのですか?」

という質問には、一瞬どう答えればいいのか考えてしまいした。

「お寺ってどんなところだと思っていましたか?」と逆にこっちからも質問させてもらいました。

「心を見つめるところ」

「修行をするところ」

「堅苦しいところ」

などとなんとも素直な答えが返ってきました。

また、そのなかで一番印象に残った応答は「学校で教えてくれない事を学べるところ」という答えです。そこにお寺の存在意義があるように思います。

以前に日曜学校の子どもたちに同じ質問をしたときにも同じことを言っていたのを思い出しました。学校では学べないことがここにはあるということも子ども達にとってはひとつの驚きと新鮮さがあるのでしょう。

5人のおおかたのイメージとして、お寺は「精神修行をするところ」という印象のようでした。

その中の「堅苦しい」という印象は精神修行というイメージから来ているのではないかと思います。修行をするところという印象はとても大切にしなければならないことではないでしょうか。これまでお寺が人々のあいだで永らく大事にされてきた要因の一つだと思います。これもお寺でなくてはできないことの一つですね。

欲を言えばこころに学ぶ楽しさを感じてもらえればいいなとも思いました。

あるいはお葬式をするところってイメージはない?という質問にはみんなが「うん」と答えました。

「手を合わせることって一日にどれだけある?」という質問もしてみました。一人を除いて「6回以上」という質問が返ってきました。

一日に3回食事をいただくとして、一回に「いただきます」と「ごちそうさま」の2度手を合わせから6回です。それ以上手を合わせるという子はいませんでした。また、5人とも。おばあちゃんやおじいちゃんの家に仏壇があると答えてくれました。ですから、普段の生活の中で仏さまに合掌することはなくとも、両親の実家などに帰った時はお仏壇に合掌することはあるようです。

 

 初めは緊張した様子でしたが徐々に緊張もほぐれ、夕飯はモリモリ食べおかわりをして元気に帰って行きました。

こちらもとても勉強になり、とても楽しいひと時でした。またおいでください待っております。

おとなの修学旅行 真宗本廟と仏教の歴史探訪

6月12日から14日まで2泊3日のスケジュールで

『おとなの修学旅行「真宗本廟と仏教の歴史探訪の旅」』

に行ってまいりました。

 

今回は奈良と京都の名拙を訪ね、仏教の歴史を探訪しました。

まずは真宗本廟へ。

心配された天気もさほどの心配はなく一安心。この梅雨時はとにかく雨が心配の種でしたが、心配もよそにいい天気でした。


真宗本廟への団体参拝は久しぶりです。初めての3名を除いては少人数精鋭でベテラン揃いの団体参拝です。

今回は同朋会館が工事中のため宿泊は「となみ詰所」にて。その他の諸々の研修は研修道場にて行われました。

また、お風呂と食事は新しくできた和敬堂でした。お風呂も食堂も研修道場もリニューアル。綺麗になっていました。同朋会館は7月からオープンだそうです。

さっそく道場へ。入場は正面玄関の御影堂門より入ります。

しかし、いつ来てもただただ「デカい」そんな印象ばかりです。

修復された両堂は初めてです。

 

まずは御影堂をバックに一枚。

 

親鸞聖人の御廟所 大谷祖廟でパチリ。
親鸞聖人の誕生地。 日野の法界寺でハイ!

平等院
10円玉でお馴染みの宇治の平等院鳳凰堂。こちらも13年ぶりぐらいに来ましたが、修復されて綺麗になっていました。
鳳凰堂をバックにカシャ!
おとなの修学旅行の最後の地は仏教の始まりを訪ね、親鸞聖人が和国の教主と仰がれた聖徳太子ゆかりのお寺、世界遺産の斑鳩寺(法隆寺)でパシャリ!
慌ただしく過ぎたようでもありましたが、実に楽しい旅でした。

釈尊降誕会

毎年8日はお釈迦様の誕生日です。

お寺では特別何かするわけではありませんが、わたしたち仏教徒にとっては大切な日です。

案外に花まつりって知ってる人多いんですね。

萬行寺では随分長い事やっていないんですが、(子どものころの花まつりの記憶なし。かれこれ四十年以上はやっていないはず・・・・。)

母マーヤが出産のためにカピラ城から生父はシュッドーダナ(浄飯王)、母はマーヤ(摩耶) 夫人無有樹産気づいて

 

 

()天上という木に右手をついときに右の脇から生まれ、七歩あるいて「天下唯我独尊」といったという有名な伝説があります。この右の脇から生まれたという表現は王族の生まれであったということを示しています。当時のインドには古くから伝わるヒンズー教を元にしたカーストという身分制度があり、それが根付いてきた時代でした。階級は、上からバラモン(聖職者)は頭、次のクシャトリア(王族などの権力者)は右の脇、シュードラ(平民)は腹、スードラ(奴隷)は足の裏から生まれると言われていたそうです。こういった差別ある世界に生まれたということです。釈尊はこのことから様々な言語録のなかに差別の問題に言及した言葉が数多く残っています。   

 

 

ところで、お釈迦さまの誕生日ご存知ですか? 四月八日に甘茶をかけて花まつりをしますね。これがそうです。花まつりがお釈迦さまの誕生日だったとは知らなかった、という人は多いかもしれませんね。