徳風29号 聞法道場

<講と両堂再建>

明治期、大谷派は「相続講」の結成を宗門挙げて取り組みました。この頃の日本は大きな時代の転換期にあり、これまで仏教を礎とした国策を撤廃した時代。
そのため世情は混乱を極め、仏教排斥運動も激化しました。
その最中「蛤御門の変」によって両堂を消失した宗門は徳川の後ろ盾を失っていました。さらに新政府に様々な無理難題を押し付けられた事により莫大な借財も抱えていたのです。この混迷を案じた我々の先達が「原点に帰り門徒の志によって聖人の教えを再興しよう」と発案したのが相続講です。幸いにこれが機縁となり全国の門徒の愛山護法の精神により両堂再建と莫大だった借財もほぼ返済。宗門は息をみごとに吹き返しました。こうして相続講は念仏相続を根本の願いとしながら宗門復興に絶大な力を発揮したのです。
時代は変わっても、あなたの家庭に親鸞聖人の教えが相続されているのはこの「講」のお陰なのです。
上の写真は左底講の『おふみさら御文浚い』の様子です。左底では毎年報恩講と御文浚いが行なわれます。御文浚いはお坊さんと一緒にお昼までかかって読めるところまで声に出して読みます。毎月25日の夜には聞法会を開き、お坊さんをお招きして聖人の教えに親しんでいます。

寺報 徳風 掲載記事 「毎日が報恩講」

古来より門徒は親鸞聖人の祥月命日を『報恩講』または『ごしょうき御正忌』と呼び習わし大切にお勤めしてきました。また浄土真宗は「報恩講教団」とも言われ、門徒は各家庭に至るまで皆で報恩講をお勤めするものであるとも言われています。
  その由来は、法然上人の遺言である
『没後二箇条事(もつごにかじょうのこと)』にあります。「私が亡くなった後は、追善仏事ではなく報恩仏事を行うように」という趣旨の言葉を遺され、親鸞聖人滅後の遺弟はその言葉をまもり伝えて聖人の命日を『報恩講』としました。そして今日でも全国のお寺で毎年勤められています。
この遺言にある「追善仏事」とは、旧来の日本仏教にみられる死者の冥福を祈る様な仏事のあり方です。これに対し、法然上人が示された「報恩仏事」とは、亡き人の死を通して、そこに集う者達一人ひとりが阿弥陀如来のお心に遇う事が仏事の本意であり、仏の心に適うのだと記されています。
このことによ由って浄土真宗の仏事は死者の冥福を祈るための仏事ではないと言われています。そして、毎日の仏事のすべてが親鸞聖人や亡き人を通して阿弥陀如来の教えに出遇うための報恩講であるとまで言われてきたのです。(住職記) 寺報徳風第29号より転載

寺報「徳風」第26号

2018年(平成30年)3月1日発行

はちす

共にいのちを生きる

共命鳥とは、一つの体に頭が二つある極楽の鳥です。その頭には「カルダ」「ウパカルダ」という名前がありました。しかし、この二つの頭は片方が「右へ行きたい」と言えば、もう一方は、「いや私は左へいきたい」と言い、片方が「もっと遊びたい」と言えば、もう一方は「いや、もう休みたい」といったふうに大変仲が悪く、いつも喧嘩していました。身体が別々であれば、さして問題になりませんが、身体が一つなのでいつも喧嘩になるのです。こうして毎日、言い諍いをしていました。
ある時、ウパカルダの眠っている間にこっそりカルダが美味しい果実を食べたことを知ったウパカルダは、妬み、復讐のためにカルダが眠っている間に毒入りの果実を食べたのです。しかし身体は一つですから、やがてウパカルダもしばらくして命を落とすことになりました。しかし、カルダは美味しい実を独り占めしようと思ったわけではなく、眠っているウパカルダを起こすのが気の毒で、自分が実を食べればウパカルダの栄養にもなるからと思って食べたのでした。カルダはウパカルダに言いました。「あなたのような怒りや嫉妬心はだれの利益にもなりません。ただ自らを傷つけ、そして他人をも傷つけてしまうだけです。」といって息絶えました。 『仏本行集経』
これが『阿弥陀経』に登場する共命鳥の説話です。事実、憎しみあいながらも共に生きているのにもかかわらず、自我を主張するが故に、共に生きいくことができない悲しい私たちの身の事実を教えるため、共命鳥は極楽浄土で今日も「念仏もうせ」と鳴いているのです。 (釈 大攝)

寺報「徳風」第25号

2017年(平成29年) 9月1日発行

 

うれしいお念仏

「きみょーむりょーじゅにょらーい」。元気な子どもの正信偈が本堂に響く。昔から変わらない風景です。「あ、そうか、今日は日曜日か。」と昔の事を思い出す。かつての古い本堂の面影を覚えている人もおいででしょう。気づけばなんと萬行寺日曜学校は創立百年。これは門徒の大切な財産です。この歴史に支えられてこれまで歩んできました。お寺で正信偈をおぼえたという人もおられるでしょう。これもあなたにとって大切な財産です。▼ところで『仏事』というと、どんな印象があるでしょうか。今日の日本は「葬式仏教」が定番。しかし、お寺では様々なお祝いの行事があります。親子になる式「お経いただき」。新一年生の「新入学児お祝い式」。仏前結婚式。還暦のお祝い。長寿者のお祝いなどです。たまには退職祝式や銀婚式、成人祝いや卒業祝いがあってもいいなと思います。そんな時に家族や友人で正信偈をお勤めする。いいですねぇ。どれも大切なご縁です。どうぞお待ちしております。 (釈 大攝)

寺報「徳風」第24号

2017年(平成29年)3月1日発行

「はちす」

幽霊のはなし

人間をだます狐がおるのではない。  
       だまされる人間がおるだけだ。
                                         曽我量深
  この言葉を聞く度「迷う幽霊がいるのではない。幽霊は迷うものだと思っている人間がいるだけだ」と連想してしまう。▼幽霊は柳の下に青白い顔で両手を下げ「うらめしや〜」と出て、やはり足はない。江戸時代のお坊さんが「人間の無明性」を象徴的に描く為、足の無い幽霊を考え出したともいわれる。▼幽霊はこの世に未練を残し、あの世にも行けず彷徨って地に足が着かない。幽霊とは我々の姿だ。どこへ向かって生きていけばいいのかさえわかっていない相である。▼我々の行く末が幽霊ならば、どれだけ長生きしても報われない。幽霊が迷うのではなく、迷った我々の心が死者を幽霊にしてしまうのである。▼この迷いの深さ故、如来は浄土を建立された。やはり如来の光に遇わなければ人生闇の中だ。それだけに如来のご恩はありがたい。 (釈 大攝)

寺報「徳風」第19号「聞法道場」(2013年『徳風』より)

親鸞聖人の御(おん)仏事をお勤めする

ごあいさつ

昨年の10月28日。京都の真宗本廟にある親鸞聖人の御真影の尊前にて31名の御遠忌お待ち受け記念旅行で上山したご門徒に見守られ、里雄康意宗務総長より現住職の退任、ならびに新任住職の就任を拝命いたしました。いよいよと迫った10月17日からの御遠忌法要初日に「継職法要」にて皆様に披露して、いよいよ新住職・新坊守としての歩みを始めることになります。それと同時に現住職と坊守は現職を退任し、『老院(ろういん)』(または『前住/ぜんじゅう』)と呼ばれ、坊守は『老坊守(おいぼうもり)』といわれる新たな任に就き、これまで通り念仏の教えを皆様にお取次していくこととなります。皆様におかれましては、何卒これからもご教授ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。

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御遠忌法要をお勤めする意義

○御遠忌とは

50年ごとにお勤めする親鸞聖人の年忌法要です。50年に一度というとことは一生に一度の勝縁ですので、大切なご縁としたいものです。萬行寺での七百回御遠忌は昭和43年に勤まり、前新門さまにおいで頂いて帰敬式を実施しています。その後、この度の御遠忌を迎えるにあたって約50年かけて本堂・鐘楼堂・石垣の再建、庫裏・境内の整備などを行い、昨年は「御遠忌お待ち受け」として帰敬式と本山参詣を行いました。▼法要当日はお世話になった長崎教区第一組の寺院の御住職や若院さん、坊守さま、寺族、または萬行寺の各関係者なども臨席して聖人の御往生を偲び、祖徳を讃嘆しつつ皆様と共に法要を賑々しくお勤めいたしたいとおもっています。

○御遠忌 三つの課題

御遠忌とは、親鸞聖人をお迎えして聖人に真剣に向かい合い、教えとなって今現在説法している聖人に出遇う大切な法要です。▼750年の救済の歴史に参加するということ。それは私自身が教えに生きようと立ち上がることによって始まっていく。究極的に言えば念仏申そうと思い立つ心が興るとき、すでに救済の歴史に参加しているのです。その時、まさに真宗が生きてはたらく仏道となるのです。七百五十年間教えは人から人へと伝わり、その歴史の中にある人々の苦しみや悲しみが教えを求めさせる力となってきました。この救済の大事業に今を生きる私が参加するということです。▼親鸞聖人に向き合おうとしない私に聖人自らが、750年という時を超えて、御遠忌という形で私の前に立ち現われてくださる。私がいて御遠忌をお勤めするのではなく、親鸞聖人の方からやって来られる。そこで私の志が問われる。▼これまでの50年を踏まえつつ、これからの50年の歩みを歩み出す出発点となる法要。御遠忌を目標とするのではなく、御遠忌が新しい時代に歩み出していく出発点となる。お寺もご門徒も新たな気持ちで次の御遠忌に向かって新たな歩みを始める。それが御遠忌です。(釈大攝)

 

徳風第18号 はちす

(とき)の作法

 年忌法要の後の「お斎」の席にご案内いただく場合があります。最近気になることですが、その席で代表の方が「献杯」という発生で食事が始まることが流行ってきました。これは近年始まった礼儀のようですが、どうも違和感を感じます。作法の専門家の意見では、多分、神道か無宗教者の方がやりだしたことのようですが、はっきりしたことはよく分かりません。萬行寺の御門徒であるなら、ちゃんと「食前のことば」がありますので、そのことばを唱和して始めるのが真宗門徒のお斎の行儀です。

 先ず代表者か司会者が「食前のことばを唱和します。合掌」と云います。皆が合掌するのを見計らって、代表者が「み光のもと」と云います。その後一同揃って「われ今、この浄き食を受く、いただきます」と唱和します。毎日の食事で実践し、親しみましょう。

寺報「徳風」第23号

徳風編集会議

寺報「徳風」の編集会議が行われました。

今回は23号。年間2回の発行でかれこれ12年経ちました。

始めた頃の試行錯誤の時とは違ってペースもつかめて編集も早くなりました。

掲載している記事も定着しつつあります。毎回楽しみにしてくださる方もあるようで、書く方としても毎回どんな声が聞けるか楽しみです。これからも末長く続いて欲しいものです。

ページ数も始めた頃は8ページで白黒のスタートでしたが、だんだん豪華になりカラーの第4号からは表紙と8ページ目のみカラー印刷となりました。第7号からはフルカラーでデザインも一新し、印刷も自前のコピー機ではなく印刷所にお願いしてました。紙も質が上がってこれまでになく豪華な仕上げになっています。第15号からは白黒の4ページとなり、本来の新聞のような感じの仕上げとなりました。それから16号の2号発行しましたがやはりカラーの方が見やすいということから現在のカラーの4ページに至っています。

振り返ると豪華なフルカラーの写真のいっぱいのったものもいいですが、紙面を工夫している現在の方が内容は濃いものになっているように思います。しかし、お寺の情報誌としての側面ではもう少し検討の余地があるのではないかと思います。

 

徳風についてのご意見や感想をお待ちしています。

また、寄稿文なども募集しておりますので、どしどしお送りください。

 

 

 

 

 

寺報「徳風」第18号 聞法道場

お経の意(こころ)『仏説』
 経題の頭は必ず『仏説』と冠される。これは如来の直説であることを意味している。しかし、お経はすべて釈尊の死後、その教えに出遇った弟子たちによって四百年ほどかかって編纂されたもので、釈尊が直接筆をとって書き記したものはない。▼私はこの事実を知った時、なんだか裏切られたような気持ちで、信じていた心が揺らいだ。それと同時に仏教とは何であるか、自分にとって仏教とはどのような教えであるのかというあらたな確かめが必要となった。▼仏説を仏説と謂わしめているものは何であるか。お経は釈尊が直接説いたものでないと知れば、その教えはたちまち何の価値のない物となってしまうのか。いや、そうではない。▼そこに書かれた言葉が現実世界で苦しむ幾千の人々の心を揺り動かし、あらゆる人を救い続け、そして何よりもここにいる私を救う教えであるという本願の歴史が即ち仏説であるというこ
とを証明しているのである。▼親鸞聖人は言われる。「弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したもうべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。」(歎異抄第二章)悠久の時を超えて、その教えをその身にいただいて生きた念仏者の人々の息づかいが確かに聞こえる。
 

第18号 はちす

自然(じねん)の浄土
夕陽を見ていると、気持が安らぎ、今日一日の太陽の恵みをおもい、感謝の感情が自然におこって安らぐものです。西方浄土というのはそういうことからくるのです。「自然」という言葉を現代の日本人は爐靴爾鶚瓩汎匹澆泙后
これは近代ヨーロッパの影響によるといわれています。明治以前の日本人は天然とはいっても、自然(しぜん)とは云わなかったようです。すなわち日本の伝統では、<おのずからしからしめる>という意味で爐犬佑鶚瓩汎匹鵑任たのです。これは中国三千年の伝統を通じ、老荘哲学では「自然法爾(じねんほうに)」と言って浄土真宗をみごとに表現した言葉でした。
すなわち「自然法爾」とは人間の考えの及ばない、人間の知恵を超えた、普遍なる平等世界のことです。大無量寿経には「自然の浄土」ということばさえあります。
例えば幼い子供が屈託のないし ぐさをすると、自然に微笑みが溢れます。泥池に蓮の花が咲いていると、どこからか静かな感動があがり、合掌する人さえいます。児童や蓮華には争いを終わらせ、罪が浄まるはたらきがあり、まるで仏さまにも似た功徳があるのでしょう。これらが浄土の功徳です。「自然法爾」です。文明で大地が汚染されていない、核で放射能汚染していない、利害の争いのない、浄らかな精神世界です。すなわち「自然の浄土」というのです。

第22号 はちす

みすみす死ねない

人は生まれた以上「老病死」は免れられない。犬猫、草木にも老病死はある。だがそれを「苦」と感じるのは人間だけ。「死にたい」と感ずるのも、「死にたくない」と感ずるのも、人間である由縁である。▼もし、老病死に会いたくないというなら「生」じなければいい。答えは簡単であるが・・・・。『一切皆苦』そもそも「生まれる」ということは苦海を度することである。▼何年生きても「死にたくない」と思う。それは「真実に出会わないまま死ねない」という、我が身の内奥に蹲ったいのちの叫びである。この叫びに呼応しようとする心を「菩提心」といい、「求道心」とも「宗教心」ともいう。誰もが虚しさを抱えて終わるより、満足して死んで往く生き方がしたい。▼明日を夢みて今日を忘れ、浅き夢に酔った「夢幻の如くなる一期」と深く感ずる時期が「老苦」。思いの通りにいかないと感ずる「病苦」。そう教えてくださるのが「死苦」であり、その苦を抱えた「生」である。生きる準備に追われて虚しく人生が終わる。そんな一生は誰も御免である。▼『後生の一大事』とは、虚しさを超えて生きる道を尋ねることである。蓮如上人は「はやくこころにかけよ」と言われる。そのことに頷けると、自然に手があわさる。このような心象風景を「浄土」と呼ぶ。この時の念仏は「仏恩報謝」である。           (釈 大攝)