報恩講準備 5日目

 

報恩講タイトル
報恩講のお知らせ 掲示板の文

恩講準備の中では1番の山場の1日。この一年の一大イベント「餅つき」です。この日からいよいよ御華束(おけそく)が立ちます。 そのため今日は約60名ほどの御門徒が一斉に集まって餅つきをします。

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まずは朝早くから餅を蒸すための釜に薪を入れお湯を沸かし、昨日から磨いでおいた餅米を蒸します。約4斗近くの餅米を蒸しますので、午前中いっぱいかかります。

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 昔は杵と臼で突いていましたが、この頃では機械で付くようになり、昔ほど人手がいらなくなりました。もちろん作業も少人数化して機械の導入によって捗るようにはなりました。しかし、手数が減った分だけお寺で何があっているのかわからない人も同時に徐々にではありますが増えています。

お寺の仏具磨きや仏華などもそうですがお寺ではおおよそのことがアナログ作業です。人によっては効率化を言われる方もありますが、それでもアナログ的な部分は必ず必要なのです。

機械化すれば作業効率も完成度もあがりますが、はたして合理化は私たちの生活を豊かにしてきたのだろうかといえばそうではないようにも思います。そうして徐々にではありますがお寺に足を運ばなくなる傾向が強くなるのではないかと考えています。そのような意味においてはアナログ的な部分はしっかり確保しつつ、適材適所に合理化を図ることは大事ではないかと考えています。特にお寺というところは人と人が出遇う場所でもあります。もちろん人を通して仏に出遇う場所がお寺の本質なのですが、合理化に流されて大切なことを失っている現代社会にはかえってお寺がそのことを大事にしているということは大きな意味を持つように思います。

 

<工程

蒸された餅米を機械でついていきます。二台の餅つき機がフル活動。

一年に一回の稼働なので時々トラブルがおこることもありますが、今年はなんとか最後までお仕事できました。しかし、手でついていた頃のことを考えると大変だったんだろうなと思います。

 

 

 

 

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ついた餅を今度は棒で平らにのばしていきます。この時に均一に同じ幅でのばしておかなければ御華束を組む時に餅の数が足りなくなったり、変形の原因になったりします。そこの人、責任重大ですよ!

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この道具たちは家具職人の御門徒さんが日本一の「御華束を作るぞ!」と一年発起し、仲間を連れて本山まで研修に行ったりして、御華束作りを学ばれました。

 それからあちらこちらのお寺の御華束を報恩講の終了後に借りてきて解体して研究した末に編み出された道具たちです。

この道具たちのおかげで今日でもシステマチックな御華束作りができる有難い道具たちです。こうみえてもかなり合理的なんです。

 

工程ぁ笋里个靴震澆鮨由だ鐔僂念譴聴譴弔り抜いていきます。その数は約5700個です。

この方式は餅の余りが多く、ムダも多く出るところがデメリットなのですが、一個一個の餅の大きさや厚さを均等に保つためにはこの方法が今のところ一番良い方法のようです。

出来るだけくり抜く時にムダの少ないように上手にくり抜いてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

手製のくりぬき機。随所にいろんな工夫があります。庫裏のお内仏と本堂に御華束

が荘厳されますので、それぞれ大きさが違うのでくり抜き機も大きさが違います。

 

 

 

 

 

 

 

工程

くり抜いた後は机に並べて乾燥させ、餅についた粉を一個づつたわしで軽く擦って落としていきます。

この作業が単純作業なのですが時間と人手がかかります。

 

 

工程

互い違いに竹串に刺していく。

もちつき4

 

 御華束は餅で作りますので、乾ききってしまうと加工ができなくなります。ですから乾いてしまう前に串に刺してしまわなければいけません。

今年は例年より暖かい冬ですので餅の固まる速度がいつもより遅くなりそうです。早く組みすぎると重ねた餅の重さで潰れてしまうなど、変形をおこしてしまいますので。

その都度、餅の乾き具合を見ながらの作業です。ベテランの陣頭指揮がものを言いますね。

 

下の写真はお内仏用の餅をくり抜いたものを串に刺して並べたものです。

 

もちつき3 本来、報恩講の御華束は須弥盛御華束(しゅみもりけそく)といわれています。トウモロコシをイメージしたらわかりやすいと思いますが、餅が真っ直ぐ串刺にされ綺麗にならんだものなのですが、萬行寺では昔より杉盛華束で組まれています。その理由は綺麗だからということのようなのですが・・・・。

 

 

 

 

 

報恩講 準備初日。

IMG_0039.jpg 準備の始まりはまず「お磨き」です。「おみがき」とは、法要の度に仏具を磨いてお迎えする大切な準備です。

今回は報恩講ということで親鸞聖人をお迎えするため、いつもより念入りに磨きます。萬行寺では年間に6回の法要と毎月の定例が2回あり、全て数えると74の座がつとまっています。

 そのなかでお磨きを行う法要が年に4回あり、各地区ごとに3年に一回程度、おみがき当番が巡ってきます。その度に集まった方々のなかで「自分の家でもしてみよう」といって帰っていかれる方があります。それを聞いただけでも十分にお磨きをの意義があるのではないかと感じます。

 今回は報恩講とあって、仏具の数も多い分時間もかかります。担当地区は日並地区。いつもよりもさらに丁寧に磨いていただきましたが、数が多いために時間がお昼時間を超えてしまいました。

 多くの仏具は寄付された方の名前や日にちなどが記載されています。それを見ると戦時中の金属の供出で出されたあと買い求めたものがほとんどです。長崎に原爆が落ちて焦土と化したなかから皆が苦労して買い求めたものだろうと想像すると、仏法を慕う先達がどのような気持ちで仏具をもとめたのが伝わるような気がします。

 

華方は午後から集まってミーティング。それぞれの持ち場と注意事項やスケジュールの確認を行ったあと、華材をいただきに山に入ります。これより華方は毎日朝から夕方までかかって松一式の仏華を8杯立てます。法要終了後には平常時の仏華を立て替えて終了になります。19日からは御華束方もやってきて本格的な準備が始まります。

 

 

 

 15日の講頭総会にて特別に用意した資料です。

『ちょこっと拝見!報恩講』。準備に参加したことのない方のために少しでも報恩講の雰囲気や裏方のご苦労を知っていただきたいと思いカラー刷りにて作成いたしました。

 それぞれの各地域のご門徒がどんな活動をしてこの一週間の報恩講を支えてくださっているのか、どんなことが行われているのか雰囲気だけでも知っていただけたらと思って作ってみました。

報恩講の準備が始まります。

 明日から報恩講の準備がいよいよ始まります。まず事始めは新年互礼会。

 各地区の講頭と呼ばれる地域の責任者50名が一同に会して初顔合わせをします。

ここで2週間にわたる法要の役割分担などを確認します。法要が1週間あり、それまでの準備に1週間を要します。それだけに様々な準備のための準備が必要になってきます。

 報恩講は爾来より、いろんな方々のお力添えと懇志によって支えられてきました。

 

まず仏華を立てるのに一週間。御華束を立てるのに約4日かかります。その間の2週間、厨房は毎日フル回転です。さらに何日か前から献立やメニューの打ち合わせには余念がありません。IMG_0051.jpg

報恩講の立華は五具足で朝から夕方までかかって計6杯を5日ほどかかって立てますが、それでも準備段階から数えると一週間はかかります。

この日のために何年かかって育てた松を山に切りに行く作業から始まります。

なかなかなの重労働です。

萬行寺には昔から御門徒による華方が組織され、何人かで立ててくださいます。どなたも素人ではありますが、熱心で一時期は教区の仏華講習会などをこぞって受講したり、老院の手ほどきを受けながら研鑽を積んできました

 

 

下の写真は御華束(おけそく)と呼ばれるもので、すべて餅でできています。いわゆるお供物で、上のほうに乗っている黄色いものはミカンです。時津町・長与町はみかんの産地でもあり、御門徒のミカン農家よりみかんの志が上がることから昔よりミカンを入れることになっています。

お華束 御華束に使う餅は総量が3斗5升で個数で言えば5700個。それだけの餅を朝早く蒸したものを機械でついてもらい、人海戦術で延べ棒で薄く伸ばし、一つずつくり抜いてまるめます。

総勢で80名ほどの御門徒が汗を流します。

 今の時代にこれだけ手間のかかる御華束を作ることができるのはいつまで出来るものかとお寺にいる者としては常にハラハラしています。しかし、それでも長年い間に受け継がれた技術が今に生きているのですから不思議です。今のところなんとか繋がっているといったところでしょうか。

 

 

報恩講 結願(最終日)

ラストスパートは結構ハードです。昨日と連日で疲れもピークですが、これが最後だと思うと元気が出ます。

最終日は参詣者全員に御斎(おとき)が振る舞われ、全員で後片付けがあります。

最終日は七条袈裟をつけてお参りいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

式次第
<結願日中>10:00~12:00

  登高座

  嘆徳文
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『三朝浄土の大師等』(三首引)
  廻向     願以此功徳
  御文     御俗抄
 

どうぞ、お参りください。

 

 

報恩講6日目 大逮夜 入楽

今夜は大逮夜です。『大逮夜(おおたいや)』は最後の逮夜勤めでご命日の前日の午後におつとめします。真宗本廟では11月27日の午後のお勤めがそれです。萬行寺では1月に勤めていますので実質上、1月27日の7:30からお勤めするタイヤがそれに当たります。今日の終了時間は21:30までとなっておりますのでご留意ください。

ご法中(お勤めされるお坊さんたち)がたくさん見えられ、雅楽も入って賑々しくお勤めがあがりまります。雅楽の演奏は長崎教区の声明会、『自然相和会(じねんそうわかい)』に毎年演奏をお願いしています。これまで雅楽が入ってのお勤めは12年以上は続けてきたでしょうかまだまだ認知度が低く御門徒には浸透していません。遅々たる歩みではありますがそれでもジリジリと参詣は増えつつある傾向にあります。もっと知っていただきたいとは思います。

雅楽と聞くと、日本の宮廷音楽というイメージもあるでしょうか。何か平安貴族の優雅な感じ。あるいは神社のイメージが強いようですが、インド伝来の仏教音楽が本来です。それも浄土の壮大なイメージを再現するのに最適な音楽であったことから好んで浄土の情景を表現する音楽として古来より好まれてきたという背景があります。

昨今ではテレビを見ると、神社などの儀式やお祭りなどで耳にする機会が多いのでお寺で雅楽と聞くとイメージがわかない人が多いのも事実です。そこで「雅楽は仏教伝来の音楽ですよ」というと、私の周りでは首をかしげる人がほとんどですが「正倉院」などの宝物殿に入っている雅楽の楽器はお寺の法要のために輸入されたものですよ」ということを言うと「ああ、確かに正倉院はお寺にありますものね」と言う答えが返ってきます。

「雅楽楽器」の画像検索結果右の写真は『笙(しょう)』といい、なんとも言えない音色の楽器で、和音を可奏でることができる不思議な楽器です。雅楽の世界観を表現する中で、あまり表に出る楽器ではないですが、なくてはならない一番の立役者だと思います。

雅楽はこの笙に依るところが大きいのではないでしょうか。吹いてもは吸っても音が出て常に音を鳴らし続けることができます。現代音楽で例えるならばシンセサイザー的な役割も果たします。素材は竹でできていて火鉢などで温めながら使用します。

 

 

 

「雅楽楽器」の画像検索結果次の楽器は『龍笛(りゅうてき)』といい、西洋の楽器でいえばフルートのような楽器です。もちろん木管楽器ですので柔らかい音色です。有名なところでいえば「牛若丸」こと源義経が京都の五条の橋の上で弁慶との出会った時の物語の中で義経が吹いていたものは篠笛と言われていますが、龍笛の名手でもあるとも聞いたことがあります。また『平家物語』多く登場する笛です。この笛の手入れは他の楽器に比べると比較的に扱いやすいのが特徴のようです。

 

 

 

「雅楽楽器」の画像検索結果
最後は『篳篥(ひちりき)』。この楽器は縦笛で盧舌(ろぜつ)といういわゆる「リード」がついてる笛です。盧舌はお茶などで湿らせて使い特徴的な音で三菅の中では一番小さいですが、その割には一番大きな音が出ます。リード楽器なので一番目立つ楽器でしょうか。
大まかですが最低この三管が揃っていなければ演奏にならないようです。
そのほかには
「雅楽楽器 かっこ」の画像検索結果
『鞨鼓(かっこ)』
「雅楽楽器 しょうこ」の画像検索結果鉦鼓(しょうこ)
「雅楽楽器 しょうこ」の画像検索結果
『楽太鼓』などがあります。
今晩の御法話は老院です。
27日は親鸞聖人が御遷化される前日ということで『お通夜』と言われています。そこでおやつとして少しばかりの赤飯やお茶などを出して歌などをうたってお楽しみを行います。

報恩講6日目 日中

ようやく終わりが見えて大詰めに迫ってきました。終わりとなると寂しいもので、もっと頑張ればよかったと後悔ばかりです。

さて、今日の日中(10:00〜12:00)のご法話は御法話は役僧の此松 純劫師。

 

今回のテーマ『聖人一流の御勧化』は親鸞聖人につながる浄土教の「一つの流れ」であるという見方もあります。

七高僧から親鸞聖人へ。親鸞聖人から私への流れがあります。その中にある私はその教えを誰からどのように受けとめて、これから誰にどのような形で伝えていこうとしているのか。このことが大事です。そこに私にまで伝わってきた教えがあるのでしょう。

 

 

 

報恩講 5日目

終盤に入りました。昨日が中日で大忙しでした。いよいよ明日の晩は大逮夜です。

報恩講の一番の立役者、厨房は毎日フル活動。いよいよ明日からラストスパート、怒涛の二日間に入ります。

したがって今日はそんな忙しい中でも谷間の一日。

昨晩と明日に比べると少しだけゆっくりです。

 

今回の報恩講のテーマ『聖人一流の御勧化』。親鸞聖人の一流を汲む浄土真宗とはどのような教えを説いてきたのか、その流れを汲む我々の先達はその教えをどのように受け取ってきたのかと尋ねていきたいと思います。

 

本日、日中のご法話は役僧の林田師。

 

逮夜は萬行寺衆徒(所属の僧分)の牛島師です。

 

 

 

 

報恩講 中逮夜 (4日目)

 

中日(ちゅうにち)の晩の座を中逮夜といいます。お芝居では中日(なかび)のソワレというのだそうです。本来の逮夜は午後の1時ごろや一時半ごろがですが、ここ萬行寺ではいつ頃この時間に勤まるようになったのかわかりませんが昔から7:30から勤まっています。お寺によって時間も勤め方も様々な工夫がされています。

萬行寺は全日程を一日二回(晨朝も合わせると3回)勤めています。

御伝鈔は、『本願寺聖人伝絵』(ほんがんじしょうにんでんね)と言われ、宗祖親鸞聖人の生涯をつづった絵巻物のことで、親鸞聖人の曾孫にあたる本願寺第3世の覚如上人の著作で上下巻からなる絵巻です。文章を『御伝鈔』(ごでんしょう)といい、絵巻を「御絵伝」(ごえでん)という。その絵伝は余間に掛け、『御伝鈔』を拝読する伝統があります。萬行寺では隔年ごとに上下巻を拝読しています。

 蝋燭と御伝鈔を載せた机が厳かな雰囲気で運ばれて来ます。これもいつの頃からか始まった伝統で、多くの人に協力してもらいながら勤めてきました。

毎年このようにしています。どうぞお参りください。

 

 

装束の裃をつけて運んできてもらいます。御門徒さんに手伝ってもらっています。

毎年の光景ですが、手伝っていただく門徒さんのセリフは一様に「遠山の金さんみたいだな」と言われます。今時こんな装束をつけることは滅多にないのでかえって楽しいのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の拝読者は役僧さんの三澤さんです。

今年は上巻が拝読されます。この御伝鈔は親鸞聖人23回忌の翌年、永仁(えいにん)3(1295)年、覚如上人26歳の若さで書かれたものと言われていますが、26歳と思えぬ格調の高さです。それもそのはず、晩年までこれを何度も増訂しながら写伝されたと言われていますのでそれもうなづけます。

 親鸞聖人の行実がわかるのはこの御伝鈔も手がかりの一つ。少々脚色されているところもあると聞ききましうたが、おおよそ当時の人々の聖人を慕う気持ちや思い、または生活の様子も垣間見られて面白い絵伝です。 しかし、古い文体で書かれていますので聞いただけではすぐに分かりにずらい言葉も多くありますが、それも一つの醍醐味。十分に雰囲気を堪能できるとてもいいお聖教です。

 報恩講らしさを感じるにはこの御伝鈔が一番最適ではないかと思います。去年はスライドでタイトルを出したりと工夫をしました。しかし、格調高い御伝鈔を堪能するためにはまだ熟慮してだそうでということで例年の通りで行うことにしています。

どうぞ、お参りください。

 

御伝鈔拝読の次は「絵解き」も役僧の三澤師。

御伝鈔の絵伝を使っての絵解きがあります。

普段見ることのできない絵伝を見ることができるのはこの時だけです。

 

 

 

 

報恩講 中日中(4日目)

 一週間の法要であれば、初・中・結に参るのが作法のようです。ただ初・中・結だけお参りすればいいのではなく、初日・中日・結願の三回はお参りすべきだと言われています。

法要や法事は、重んずべき法要ほど大切に丁寧に勤められます。

 報恩講は真宗門徒がお勤めする法要の中でも、最も肝要であるといわれています。その重要さは自分たちの血縁の法事や葬儀よりも重要視されています。

それだけ大切な法要ですから準備やお勤めも手数が多くなり、勤められる時間や期間も他の法要に比べて長くなっています。したがって本堂や各家庭におけるお内仏の荘厳もフル装備です。それなりの重さを持って大切に大事に勤められるのが報恩講です。

その中でも初日・中日・結願の三日間は特に重い儀式でも如来のみ教えが讃嘆されます。

式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『本師龍樹菩薩は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「三箇条」

式次第
<中日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三

和讃     『生死の苦海ほとりなし』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』   

 

夜は7:30から始まります。今日は『御伝鈔』がつとまります。


   

報恩講3日目

3日目
<晨朝>7:00
先、総 礼
次、文類正信偈 草四句目下     六〇丁右
次、念 仏   濁三
次、和 讃(浄土 九)
 初重「尊者阿難座よりたち」   一六五丁右
 二重「大寂定にいりたまひ」   一六六丁右
 三重「彌陀成佛のこのかたは」  一六七丁右
次、廻 向   世尊我一心    一〇七丁左
次、御 文 「大阪建立」    四帖目十五通
次、総 礼

 

朝の本堂。冷たい空気の中で御拝口の戸を開けると、東から昇ってくる朝日が堂内に入り込んでご本尊を照らしだします。

<日中>10:00〜12:00
先、総 礼
次、文類正信偈 行四句目下
次、念仏讃   濁五三 
次、和 讃(浄土 十)
  初重 無碍光佛のひかりには
  二重 眞實信心うるひとは
  三重 至心發願欲生と
   念仏 五遍反
次、廻 向   願以此功徳
次、改悔文
次、総 礼
次、真宗宗歌
次、法 話 
次、恩徳讃
次、総 礼

 


<中逮夜>19:30〜
先、総 礼
次、真宗宗歌
次、正信偈   真四句目下      
次、念仏讃   濁 五 
次、和 讃(浄土 十四)
    初重「十方微塵世界の    
    二重「十方恒沙の諸佛は   
    三重「五濁悪時悪世界    
    念  仏  五遍反
次、廻 向   我説彼尊功徳事  
次、改悔文
次、総 礼
次、真宗宗歌
次、法 話
次、恩徳讃
次、総 礼

ともに法話は岡本英夫先生です。

報恩講2日目

2日目です。

本日の日中から法話はご講師の岡本先生(島根県浜田市 徳泉寺住職)です。

報恩講は真宗門徒にとって一番大事な仏事です。

報恩講をお勤めするのが真宗寺院の特質でもあり、肝要でもあります。

「報恩講」とは、どのようなことが願われている法要なのかというとを私なりに考えてみました。

 

―〜弔箸靴討痢嵜二太賛諭廚砲△λ〕

 ・宗祖にあうということは「浄土真宗に遇う」ということ

 ・親鸞聖人を通して念仏の教えに生きた人々に出遇う。

 ・親鸞聖人を通して人間にであう。

◆嵎鷁弦屐廚浄土真宗再興の法要であること

 ・追善の仏事ではなく、報恩の仏事であるということ。

 ・報恩の仏事が浄土真宗の仏事の肝要であること。

真宗の歴史そのものであるということ

 ・報恩講を勤めることが真宗門徒のつとめであるということ

 ・報恩講が「浄土真宗」を表現しているということ

であると言っていいのではないでしょうか。


 

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報恩講初日

いよいよ初日を迎えました。
報恩講は一年で一番寒い時期に務まる法要なだけに、ただただ心配なのは参詣があるのかということです。おまけにインフルエンザが流行中でベテランの同行さんの欠席が相次ぎました。みなさん風邪だけはくれぐれも注意しましょう。

かく言う私もお勤めするスタッフも風邪に気をつけて行きたいところです。

 

初日中は重たいお勤めで、時間もいつもよりかかります。

先ずは登高座。

    伽 陀  「稽首天人」

次、「報恩講私記」

    伽 陀  「若非釈迦」

    伽 陀  「直入弥陀」

  下高座

    伽 陀  「直入弥陀」

と続いてまいります。

これだけでも長い。さすがに覚如上人の報恩講私記は格調の高い名文ですね。

読むたびに新しい発見と親鸞聖人に対する想いと本願寺を背負ってたつ覚悟と迫力を改めて感じます。

書かれたのは本願寺第三代の覚如上人で、その時の年齢は25歳だそうです。すごい。

永仁2(1294)年。宗祖の33回忌をお勤めするにあたりこのご命日法会を『報恩講』と名づけられました。

そこでお勤めされるための表白文として『報恩講私記』を著されました。そこで覚如上人は親鸞聖人が本願寺の聖人であることを明確にされ、大谷家の先祖ではなく、真宗の門徒の共通の『祖』であることを確認されるために報恩講私記は書されました。

覚如上人63歳の時それまで大谷廟堂と呼ばれた廟所に「本願寺」という寺号を定められ、次第に真宗の門徒の中で優位に立ちたいという願望が芽生えていったと言われています。覚如上人の本願寺中心主義が強すぎて、しだいに東国の門徒たちから反発を受けていったと言われています。

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