ムナシクユキテ、ミチテカエル

来たるものあり、そして帰るものあり。

人生の道はまさに「往還」です。

「帰すべき場所のない者は孤独である」(無処帰孤独)、そして「それに伴う者のない者もまた孤独である」(無同伴)と源信僧都が云われています。

「帰るべき場所があって、迎えてくれる場所と人がある。そのことに目覚めた人はどのような人生であっても引き受けて生きてゆけるのだ」とお説教などでよく云われます。
 

 この度、萬行寺の法務員を長年勤めていただいた此松さんがご家族と自坊に帰ることになり、最後の挨拶にこられました。

此松さんはあしかけ13年にわたって萬行寺の教化を担っていただきました。

初めは身一つで萬行寺にきて家族を伴って帰って行かれました。

自坊の臺寺(大分県宇佐市)では若院として活躍されることだろうと思います。長い間、お世話になりました。そしてこれからもよろしくお願いします。

 

 

 

おたずねごと

萬行寺ブログ「つれづれ日誌」をご覧いただきありがとうございます。

さて、当ブログをご覧の方にお尋ねがあります。

毎年、報恩講のお志であがった餅を御華束として荘厳しています。その餅に大量のカビが発生し、どうしたものかと思案しております。

実際、どこのお寺でもそうではないかと思いますが、報恩講はとにかく沢山の餅を荘厳として使用します。

その餅の使い道、あるいはカビの生えない方法など、各寺院様で様々な工夫がなされているのではないかと思います。

工夫をしているようなことがありましたら、下のコメントのところから書き込んでくださるとたすかります。

 

YouTube 「お寺でじぃーん」配信!!

 

YouTube配信の番組、「お寺でじぃーん」にて44 『迷惑』のお題でお話しをさせていただきました。いろんな宗派のお坊さんのお話を見ることができます。どうぞよかったらご覧ください。

シェアもよろしくお願いします。

忙しい

「忙しい」とは、「心を亡くす」と書く。生きていても心がそこに無ければ結局、「光陰矢の如し」。生きた実感のないまま虚しくいのち終わるだけである。

人生一生
酒一升
あるかと思えばもう空か

この世に私はいる。
しかし、その用事がなんであったのか
思い起こす事のできる場を賜った人の一生は幸福である。

「仏法に出遇って虚しく終わる人生を超えて往け」と仏は願っている。その声が聞こえない我々のことを悲しんで、仏は「凡夫よ」と呼びかけてくだっている。 (釈大攝)

報恩講終了後(翌朝) お浚い 2020年1月29日

 じつは報恩講はこれで終わりではありません。といっても昨日で一応終了したのですが、萬行寺では翌朝の晨朝を「お浚い」としてお勤めしています。

この「お浚い」とは、報恩講の全日程と片付けが終わり次第、平常の荘厳に戻されて勤められます。

通常、お勤めは六首を1組として勤めますが、報恩講の結願だけは「如来大悲の恩徳は」までの三首で感動的に終わることになっています。そのあとの半分は「お浚い」として別に勤めます。ここに面白い仕掛けがあるのです。

一週間のお勤めですから、終わったあとの爽快感と達成感は格別です。しかし、次の三首からは「仏智疑惑和讃」といわれている如来の智慧を疑う罪の重いことを知らせる和讃がしばらく続きます。その一首目が『不了仏智のしるしには』です。”如来よりたまわりたる信心”を自分の手柄にするような我々の心を言い当てているかのような和讃です。そのような仏智の不思議を疑う者は疑城胎宮にとどまり、三宝を敬うことなく罪福をいのる行者だと言い切られています。すごい言いようですが、まさにしかり。究極のところは罪福信をたよりにして自分の欲望を満足させることしかできないと言うことでなのです。

この和讃の順番はいつも「よくできているな」とおもいます。その中でも特にお浚いの和讃はよくできているなと感心させられます。

まるで「これで報恩講が終わったと思うな。それは大きな勘違いだぞ」と戒められているようです。「自分はちゃんと修行したんだ」という充実感が、いつでも驕慢心(自らを誇るこころ)に変わるぞ。という戒めのような和讃です。これをもって本当の意味で報恩講が終了になり、これから来年の報恩講へ向けての準備がまたはじまります。

<お浚いの和讃>

不了仏智のしるしには  如来の諸智を疑惑して  罪福信じ善本の     たのめば辺地にとまるなり

 

仏智の不思議を疑いて  自力の称念このむゆえ  辺地懈慢にとどまりて  仏恩報ずるこころなし

 

罪福信ずる行者は    仏智不思議を疑いて   疑城胎宮にとどまれば  三宝にはなれたてまつる

 

 

 

報恩講七日目 御満座  2020年1月28日

これで今年の報恩講はおわります。
しかし、これが一年の始まりでもあります。

式次第
 一月 二十八日(結願晨朝)
先、総礼
次、文類正信偈 草四句目下
次、念 仏   濁三
次、和 讃(正像末 九)
 初重 南無阿弥陀仏の廻向の
    往相回向の大悲より
 二重 弥陀観音大勢至
    弥陀大悲の誓願の
 三重 正道門のひとはみな
    釈迦の教法ましませど
次、廻 向   世尊我一心
次、御 文 「御命日(鸞聖人)」 三帖目九通
次、総 礼


 一月 二十八日(結願日中)
先、総 礼
次、真宗宗歌
次、登高座
    伽 陀  「稽首天人」
次、嘆徳文
次、下高座
    伽 陀  「直入弥陀」
次、総 礼
次、文類正信偈 草四句目下
次、念仏讃   濁五
次、和 讃 (正像末 十)
  初重 三朝浄土の大師等
  二重 他力の信心うるひとを
  三重 如来大悲の恩徳は
次、廻 向 願以此功徳
次、真宗宗歌
次、法 話(住職:亀井攝)
次、御俗姓御文
次、恩徳讃
次、総 礼


 今日で法要は終わり。ここまで来てみると一週間も「あっという間だった」なと感じます。

毎年、参詣も減少傾向で下げ止まりができなくなっています。真宗門徒の生活の中にかつてはあった「仏法を聞く習慣」が時代とともに次第になくなり、信心の過疎化が深刻になりつつあります。今まで足繁く通ってこられた同行が次々に亡くなられ、次の代にバトンタッチされているかと思うと心許ないところがあります。

そんな中にあってまだまだ先達から引き継いだ伝統をこれだけの規模でお勤めできるのはなんとも有難いことですが、それも時間の問題ではないだろうかと危惧しているのが包み隠さぬ今の気持ちと現状です。

しかし、よくよく考えてみれば、何よりも大事なことは報恩講が勤まっている、そして報恩講をお勤めさせていただいていることがありがたいのです。広く求めることも大事ですが、深めることの方がいつの時代にあっても大切なことだと感じます。それは人が多く集まったことで出来るようになるという問題とは違うのでしょう。

 

今回もたくさんの方々が聞法の志、それから準備の志を運んでくださいました。これだけ多くの御門徒の支えによって今年も勤めることができていることを嬉しく思います。


法要の後はお斉をいただいて片付けです。この日は全講の講頭がそろって行います。

みなさま大変お疲れさまでした。

報恩講六日目 大逮夜 2020年1月27日

 1月 27日(大逮夜)入楽    

先、出仕楽

次、総 礼    

次、正信偈   真四句目下

次、念仏讃   濁 五 

次、和 讃(正像末 五)

   初重「五十六億七千萬」

   「念佛往生の願により」

 二重「眞實信心うるゆへに」

   「像法のときの智人も」

 三重「彌陀の尊號となへつゝ」

   「五濁惡世の有情の」

 五遍反

次、廻 向   我説彼尊功徳事

次、総 礼

次、退出楽

 

夜座は今晩が最終。この日の夜を大逮夜といい、萬行寺ではこの一週間の中で一番賑々しく勤められます。

かつては萬行寺の日曜学校が親鸞聖人の劇を披露したりした時代もありましたが、今日では自然相和会(教区の雅楽会)ができてからずっと入楽の法要を行っています。かれこれ20年以上になるだろうと思います。

今晩は楽人が6名。教務所の職員さんも3名おいでになりました。教務所から毎年ご出仕いただいています。

 

 

 

さて、一般的に「雅楽」と聞くと「お寺」をイメージする方は少ないのではないかと思います。

 勝手なイメージなのですが私などは、神社などの印象が強く、なんとなくですが貴族たちが優雅に宮廷で蹴鞠を蹴って遊んでいるシーンが思い浮かぶ始末です。(雅楽とはあまり関係ありませんが・・・・)その謂れを詳しく見てみると、そもそも雅楽は仏教音楽として発展し、遥かシルクロードを通じて、日本へは仏教伝来とともに伝えられたのだそうです。

荘厳な浄土世界を表現するきらびやかな内陣装飾をその視覚的に表現し、その音声(おんじょう)や楽器でもって聴覚的な部分を雅楽が担っています。共に五感に壮大な浄土の風景をうったえる恰好のツールとして発展したものです。それからもう一つ忘れてはならないのが嗅覚。これには香が大事な役割を果たします。浄土の荘厳は人間が持っている感覚全てにその世界を観ぜられるものとして発展してきたといわれています。

たとえば教会だとパイプオルガンなどは「壮大な神の世界」を表現するのに音や装飾などを駆使して表現されてきたのだろうと想像しています。たとえば雅楽の場合においても、東洋独特の音感やリズムによってアジアの幻想的な風景を想像させたり、聴く人にどこか懐かしさのような感じも与えるのではないかと想像します。

 この時期は法要は寒いのですが、この大逮夜の参詣は年々徐々にではありますが増えつつあります。雅楽が入ってのお勤めはもうすでに20年ほど続けています。演奏は自然相和会という教区の楽人や声明の研鑽を積んでいる会に毎年お願いして演奏していただいています。

長崎教区内の寺院にはご門徒が楽人を行うお寺もまだ結構あり、若い人も研鑽を積み賑やかなお寺もあります。

 

牛島達郎今晩のご法話は萬行寺衆徒の牛島さん。

ご話の時間は約30分程度で少々消化不良の感が否めませんが、そんな短時間の中でよくまとめてご法話されました。

 

 

<法話メモ>

往相の回向の利益によって還相回向が開かれてくる。

往相廻向が実現した人が正定聚に住する人である。

正定聚は諸仏に等しい存在。

 

法話の後は、少し慌ただしいのですが、その後はおやつとお茶を出してのしばしの語らいです。

毎年、真光寺(雪浦)の御門とである指方浩氏が指導をしているグループ「アンサンブル浩々」の皆さんに歌声を披露していただきました。

このコーラスグループの由来は、かつて萬行寺に仏教青年会(略称:仏青)で大変お寺も賑わっていました。しかし、時代の流れでしょうか、仏青も下火になって来たということで、仏青の活動を「コールサンガ」というグループとして展開することになりました。その頃の様子を思い出せば、様々な人がこのご縁にあっていたように思います。

それが30年ほど続いたでしょうか。やがてそのコーラスも解散にとり、当時のコールサンガの指揮者でもあった指方氏が残ったメンバーの何名かで現在のアンサンブル浩々を結成しているということです。

 

「礼讃無量寿」清水脩:作曲

「わたしがいのち」亀井廣道:作詞 指方浩:作曲

「朝」榎本栄一:作詞

などを歌っていただきました。

 

を歌っていただきました。

仏教讃歌を聞く機会が減っているように感じる今日この頃。

はじめて聞く方も多いかもしれません。実は仏教讃歌は様々な人によってかなりの数が作曲されています。そのなかでも最も真宗門徒の中で一番有名なのは「恩徳讃」と「真宗宗歌」でしょうか。

 

 

 


 何年か前までは飛び入りもありました。たまには歌声などの披露もありかなと思います。あるいは特技を披露する人があってもいいかなとおもいます。

「報恩講」というと、どうしても構えてしまうところがありますが、時には中こんな和む一時があるのもいいでしょう。

 

 

 

 

明日はいよいよご満座です。

始まりは7:30から。法要の後には参詣者全員に「お通夜」ということで、赤飯などの「おやつ」が振る舞われます。終了は少し押しますが9:30の予定です。どうぞご参詣ください。

報恩講六日目 日中 2020年1月27日

 1月 27日(晨朝)    

先、総 礼

次、文類正信偈 草四句目下

次、念 仏   濁三

次、和 讃(正像末 三)

 初重「菩提をうまじきひとはみな」

   「正法の時機とおもへども」

 二重「自力聖道の菩提心」

   「三恒河沙の諸佛の」

 三重「像末五濁の世となりて」

   「超世無上に攝取し」

次、廻 向   世尊我一心

次、御 文  「御正忌」    五帖目十一通

次、総 礼

 

 1月 27日(日中)    

先、総 礼

次、文類正信偈 行四句目下

次、念仏讃   濁五三 

次、和 讃(正像末 四)

 初重「淨土の大菩提心は」

   「度衆生心といふことは」

 二重「如来の廻向に歸入して」

   「彌陀の智願海水に」

 三重「如来二種の廻向を」

   「彌陀智願の廻向の」

 五遍反

次、廻 向   願以此功徳

次、改悔文

次、総 礼

 

 

日中の法話は老院です。

今日の時代は憶念がなくなった時代です。時間をかけてじっくり考える余裕のない時代です。次から次に目まぐるしく移り変わる中で何が大事なのか、何をしなければいけなのか考えている猶予も余裕も持てないというのか、持たされないとでもいえばいいのでしょうか。

一昔に比べれば人間の生活はますます欲望追求の世の中になってきているように感じます。

自力の回向ということは、極論を言えば自分の要求・願望を神々に祈願することとも言えるでしょう。その自力心に対して如来は大悲の心でもって衆生を救おうとされるのです。この如来の「大悲心」の大悲とは、サンスクリットではKranaといい、「呻く」という意味です。如来が衆生の心を知って呻いているのです。「なんということを考えているのだ」と。この空虚な衆生のこころを悲しんで、そのような心しか持ちえないのはなんとも哀れだと憐愍し、なんとしても救おうと如来の方から本願を興されたのです。だから私たちが努力して救われようとすればするだけ願望を満たすことが幸せに近づく道であると思っていますので、さらに欲望を激くしていくのです。

この衆生の救い難い相を親鸞聖人は「正信偈」に

如来所以興出世 唯説弥陀本願海 五濁悪時群生海 応信如来如実言 

と示されています。

 

 

 

 

報恩講五日目 2020年1月26日

 報恩講の仏華は一年かかって育てます。山に200本近くの松苗を植えます。植えた松の枝がのびきってしまうと使い物になりませんし、背が高くなると使いにくいのです。一年に2・3回は剪定をして報恩講に備えています。

勿論その他の法要でも仏華は必須で華方さんには年に4・5回はお寺の仏華を立てていただいてます。

ですから華材は常に使えるように準備が必要です。そのためには日頃からの手入れが欠かせません。

 特に報恩講は松一式で立てるということもあり、幹作りから始めるとなるとずいぶん手が入りますし、普段の量に比べると倍近くの松が必要になってきます。

その他、普段でしたらカイズカイブキやイソシバやハランなども使います。

境内にない場合はあちらこちらで調達し、なければ花屋さんにお願いしたりと前準備もいろいろあります。そのため、華材となる木を所有している方や山を持っている方々など、色々な人に予めお願いしておくことなど、常に華材に目を配っておく必要もあります。

1月 26日(日中)    

先、総 礼

次、文類正信偈 行四句目下(赤節譜)

次、念仏讃   濁五三 

次、和 讃(高僧 六)

 初重「いつゝの不思議をとくなかに」

   「彌陀の廻向成就して」

 二重「応相の廻向ととくことは」

   「還相の廻向ととくことは」

 三重「論主の一心ととけるをば」

   「尽十方の無碍光は」  

    五遍反

次、廻 向  願以此功徳

次、改悔文

次、総礼

 

今日は日曜。

日曜学校にやってきた子どもたちも一緒に参詣しました。子どもにとっては新鮮なのでしょうね、一緒に文類正信偈を元気な声でお勤めしていました。

日曜日には子どもたちも当たり前に参詣している。現代では考えられない光景かもしれませんが、そんなことができればいいなと勝手に想像しています。

参詣席から日曜学校の子どもたちの「なんまんだぶつ」の声がよく聞こえていました。大人たちにはどのように聞こえたかな・・・。

昨今では、児童教化として年に一回、教区の事業として「こども報恩講」が大人とは別に勤められています。これは子どもたちにとって大変意義深く大事な集いです。

教区の集いではできないことを一般寺院で行うことが大事ではないかと考えています。そこで萬行寺では、あえて大人と子どもを分けず、子どもと大人も一緒に同じ法要にお参りする。そんな環境づくりができないだろうかと常々考えています。大人の真剣な眼差しを見て子どもたちはなんと思うのか。なかなか難しいとは思いますが、やるだけの価値はあるように思います。

 

←子どもの真宗聖典の落書き。「如来の名、我が浄土」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        名前の南無阿弥陀仏→

子どもってちゃんとご法話聞い反応しているんですよね。

大人はすぐに「どうせわからんから聞かせても・・・」といいますが、仏法は毛穴から入るのです。

 

一般の報恩講に子どもたちも参詣する事によって、いろんな刺激があるものです。子どもは子どもなりに難しいお話を静かに聞いてますし、大人は大人で聴聞している。子どもってよくお話を聞いているものです。

かえって大人の私たちが学ばせてもらうことが多いのです。

 

 

 本日の日中のご法話は役僧の三澤さん。

今回このようなテーマが設けてありますが、ここにある「私の願い」とはなんでしょうか。私は何を願いとして生きているのか。仏は苦悩の衆生を救うと言うけれど、私は救われたいとは思っていないのが事実ではないでしょうか。

自分の声を聞くことがなくなった。

ー聞法ノートー

<「聴」と「聞」>

「聴」とはこの私の耳で聴く。これは「私の分限」です。

それに対して「聞」というのは「聞こえてくる」ということで、これは「如来の分限」なのです。この「分限」とは身の程ということです。

 

浄土思想の起源は時空を超えた仏陀の正覚と人間の心の奥底に潜む永遠の願い(人間の本願)との 蓋相応するところにある。つまり弥陀の本願を信じて浄土に往生するという浄土教の根本義は、弥陀の本願と衆生の本願が相応一体となる感応道交するところに立つ(築山修道『鈴木大拙の浄土思想』)

 

 

 1月 26日(逮夜)    

先、総 礼

次、正信偈   真四句目下

次、念仏讃   濁 五 

次、和 讃(高僧 十六 源空和讃)

 初重「專修のひとをほむるには」

   「報の淨土の往生は」   

 二重「男女貴賤ことごとく」   

   「煩悩にまなこさへられて」

 三重「彌陀の報土をねがふひと」

   「極惡深重の衆生は」   

    五遍反   

次、廻 向   我説彼尊功徳事

次、改悔文

次、総 礼

 逮夜のご法話は役僧の林田さんです。

 如来は私の根本の願いに応えてくれている。しかし、私たちはその根本の願いが自分の願いであるにもかかわらず、わからない。

むしろ自分の願いを自身の欲望満足と捉えています。つまり自分の思いの延長線で願いや救いということを考えているということですね。

 如来の願いは抜苦与楽(ばっくよらく)です。苦しみを抜いて楽(ねが)いを与えようとされているのです。つまり苦しみを抜くということが楽(ねが)いを与えるということなのです。そのような形でもって我々の根本の願いに応えているのです。

 

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報恩講三日目 中日 2020年1月25日

 法要には心得というものがあるそうで、それによると初・中・結。つまりどんなに少なくとも”この三座だけはお参りしとくべき”ということが礼儀・心得としてあるのだそうです。

それに加えて肝要の逮夜(萬行寺の逮夜は19:30から勤めています)は22日の初逮夜(しょたいや)・25日の中逮夜(ちゅうたいや)・27日の大逮夜(おおたいや)といわれ、この三座もお参りする心得が必要だと言われています。つまりできるだけお参りするようにできているのです。

 法要は萬行寺ならば一年間に春秋の永代経・春秋の彼岸と作上がり、それから報恩講。一年間に6回、二ヶ月に一回法要が勤まっています。

この法要の中には重んずべき法要とその中でも比べて重要ではない法要とがあります。もちろんどれも重要でありますが、一応区別というものがあります。重要な法要ほど大切に丁寧に勤められ、必ずお参りするように心がけがあります。

その中でも報恩講は最も肝要であるといわれ大切にされてきました。たとえばお彼岸は全国の真宗寺院でも必ずお勤めするとも限りらないのですが、報恩講だけは日本全国の真宗寺院で必ず勤められています。

それだけに自分たちの血縁者の法事。ある意味では葬儀よりも重要視されています。

それだけにお勤めや準備も手数が多く、しかも丁寧に重々しく勤められます。したがってお勤めの時間や期間や準備も他の法要に比べて長く手がこんでいます。

 

この時期が近づいてくる度にこれまでの一年間を思い出したりして、落ち着かなくなります。

ちょっとやそっとでは動かない重い腰を上げさせられるのも報恩講のお陰ではないかと思います。そういった意味では大変なだけに大事な謂れがあるのだと改めて考えさせられます。

 

本堂や各家庭におけるお内仏の荘厳もフル装備。それなりの重さを持って大切に大事に勤められるのが報恩講なのです。

式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『本師龍樹菩薩は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「三箇条」


式次第
<中日中>10:00~12:00
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三

 

和讃     『生死の苦海ほとりなし』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』   

 この日の日中のご法話は役僧の此松さん。この度、中日という大役を仰せつかった此松さん。この萬行寺に役僧として来られて13年ほどになります。この度、自坊に拠点を移されることになりました。この報恩講が皆様の前で御法話をするのは最後となります。

考えてみましたら、人は初めから何かわかっているわけではありません。

そのなかで人にお世話になり、お世話しながらたくさんの方のお育てを賜っていく。そのご縁のあることをありがたくも教えていただきました。すべては如来のお手回しの賜物だと感じます。

 

 

<聞法ノートより(一部のみ)>

世間の願い・・・・叶う

仏の願い・・・・・称う

世間の願いは自分の要求に叶うことが願いとされる。だから「私の願いを叶えてくれ」と私の要求を仏に要求する。だけれど、仏(浄土)の願いはそれとは違う。仏の願いは称(かな)うと書きます。親鸞聖人の受け止めは仏の願いが私の願いとなる。私の願いが仏の願いになる。このことを称(かな)うというのでしょう。


此松さんが御法話を終わられた後「これが最後のお話でした」と締めくくりました。その途端に参詣席からは「え、本当ですか?」という驚きの声が上がりました。
その声を聞いた瞬間にふと思い出したのが「聴聞の心得」という言葉です。

一、この度のこのご縁は 初事と思うべし
一、この度のこのご縁は 我一人の為と思うべし
一、この度のこのご縁は 今生最後と思うべし

人生は一期一会です。その賜ったご縁を常に上の言葉のように常にいただくことができたらどんなに良いかとおもいます。

聴聞に訪れた方々はまた今度があると思って聞いていたのかもしれませんね。

しかし、考えてみると一期一会の中でどの瞬間も初事であり、今生最後であり、たった一度のたった一人の人生を生きさせていただいています。にもかかわらず、この勝縁を初事といただくことのできない自分に私たちはやっぱり愕然とします。

まことにありがたい一時でありました。

 

 

 

 夜座(19時半から)は親鸞聖人のご生涯の物語が書かれた御伝鈔(ごでんしょう)といわれる巻物が拝読されます。 御伝抄とは、親鸞聖人の曾孫にあたる本願寺第三代の覚如上人(かくにょしょうにん)が、親鸞聖人の遺徳を讃仰(さんごう)するため、聖人の33回忌にあたる建仁2(1294)年にその生涯の行蹟を各地を尋ねて聞き集めたものです。

そのエピソードを数段にまとめて記述された詞書(ことばがき)と、その段の詞書に相応する形で書かれた絵巻物として成立しました。

しかし、写伝される過程でその図絵と詞書とが別々にわかれて流布するようになり、この図絵の方を「御絵伝(ごえでん)」といい、詞書のみを抄出したものを『御伝鈔(ごでんしょう)』と呼ぶようになりました。

 この『御伝抄』は上下巻の二巻に分かれており、この二つを真宗本廟では続けて読まれていますが、これを行うとかなり所要時間のため、萬行寺では長年上下を二年に分けて拝読してきました。

 今年は下巻を拝読。拝読者・絵解きともに住職が行いました。

本堂の照りを消し、ロウソクの明かりのなか、親鸞聖人の生涯が書かれた御伝鈔が運ばれ、荘厳な雰囲気で拝読されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年、御伝鈔の練り出し(御伝鈔を運んでくる役)は若手の御門徒さんにお手伝いいただいてます。

今年はこのお二人。

連絡をすると気持ちよく引き受けてくださいましたありがとうございます。毎年定番の装束の裃(かみしも)です。

この裃とは肩衣(かたぎぬ)の原型でもあるそうです。裃を折り畳んで作ったのが肩衣で、さらにそれを略したものが多くのご門徒がかけている略肩衣と言われるものです。まさか裃が原型だなんて思えないような形です。

ちなみに「畳輪袈裟(たたみわげさ)」と言われるお坊さんの輪っか状の袈裟がありますが、これは五条袈裟を畳んだものだと言われています。

いつも思うんですが裃って、時代劇ならもってこいの装束ですよね。お二人とも風格があってなかなかお似合いです。毎年のことながらいいなと思います。できれば来年もお願いできないだろうかと思っています。どうぞよろしくお願いします。



御伝鈔拝読のあとは御絵伝の絵解きと解説です。

今年は住職が行いました。写真に写っている拡大されたタペストリー状の御絵伝は西海市にあるお寺、帰命寺さんから特別にお借りしたもの。一つ一つのシーンを解説するにはとても良いものです。

この日は終了時間がいつもより長い9:30まででした。