秋の永代経法要をお勤めします。

秋の永代経法要をお勤めする時節となりました。

この度の法要は阿弥陀如来の教え、浄土の教えが説かれたお経『浄土三部経』が読まれます。
浄土三部経とは、

『仏説無量寿経/上下巻』

『仏説観無量寿経』

『仏説阿弥陀経』

以上の4巻のお経からなり、阿弥陀仏の本願が説かれた経典です。

このお経を浄土教の祖師たちより大切に読み継がれてきました。

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 ところで、浄土真宗では信者(南無阿弥陀仏とお念仏する人たち)を『檀家』とは呼ばず『門徒』と呼び習わされています。

 その「門徒」とは、お寺とそこに所属する信者が「布施をする人」と「布施を預かる人」といった寺檀関係(檀家)でつながるのではありません。

 どこまでも如来の教えを聞いていく仲間という意味があります。

 その念仏道場に集う門徒に釈尊の直説である浄土三部経が説かれるのです。そしてそのみ教えをいただいてはじめて「ああ、大切なことだ」とうなずくのでしょう。そこに真宗(真実の宗教)が興ってくるのでしょう。

 これが真宗寺院を支えてきた大きな原動力なのです。そういったことから教えを聞く者を門徒と昔から言われています。

 教えを聞くも、聞かぬも、念仏するもしないもすべて習慣です。せっかく人間に生まれたのだから、まことの人に成って欲しいと願っておられる如来のご慈悲を聴聞いたしましょう。

お寺でお待ちしております。

第5回 長崎寺スクールin正林寺(三重町)

長崎には仏教青年会(略称:仏青/ぶっせい)があります。

教区としての仏青の歴史は古く、現在90代から80代の御門徒の中に”私は仏青上がりです”と自称する方も時々あるほどです。どうやら古くから「仏青」という生前で活動してきたようです。

そもそもの名前の由来はYMCA(キリスト教青年会 Young Men's Christian Association)に習って(対抗して?)「仏教青年会」と名告ったと聞いたことがあります。その後、戦後に入り原爆などの影響も大きかったともいわれていますが、当時の青年たちの間で仏教への関心が高まったと聞いています。

 それが敗戦の10年ごろより原子爆弾死没者の追徴法要を長崎教区の仏青が中心となって主催したことが火種となって、全国各地で仏教青年会が結成されるようになったと聞いています。

 

 そのような歴史の中で、「長崎寺スクール」では仏教に馴染みの薄くなった若者世代に向けた集まりです。その時代にあった教化のあり方を現在、模索中です。

まだまだ実験段階のようですが、

今回で5回目の「長崎寺スクール」は長崎市三重町にある正林寺を会場に行われました。

各回ともにテーマを設けて行なっていて、今回は「音楽と仏教と香」。雅楽や節談説法なども交えながら仏教と音楽の深い関係も紹介されました。今回はさらスペシャルゲストに「いっちゃん」こと市原鰐さんをお迎えして大いに盛り上がりました。

仏青スタッフの皆さんお疲れ様でした。

 

第5回寺スクール1インターネットで放送中の『お寺でじいん』を生で再現!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然相和会の雅楽も披露されました。

初めて聴かれた方もあるとおもいます。「雅楽」と聞くと神社を思い浮かべる人もあるのではないかと思います。しかし、シルクロードを越えて日本に伝来した立派な仏教音楽です。

浄土の情景を表現する楽器として遥かシルクロードを越えて西行路ではヨーロッパ、極東は海を越えて日本にまで伝わった古典楽器です。
『笙(しょう)』は邦楽器では唯一和音を奏でる楽器です。その形が羽を休めている鳳凰に似ていることから、鳳笙とも呼ばれているそうです。まるでオルガンのようなやわらかい音を出し、雅楽の独特な雰囲気を醸し出すなくてはならない楽器。西行路に渡った笙はパイプオルガンの祖先とも言われています。
『龍笛(りゅうてき)』竹製で7つまたは6つの孔がある横笛。ヨーロッパに渡ったものはオーボエ等の木管楽器へと変化していったとも言われているそうです。取り扱いは簡単ですが、しっかり安定した音色を奏でられるようになるまでには少々時間がかかります。

『篳篥(ひちりき)』漆を塗った竹の縦笛で三管の中では一番小さい楽器。表側に7つ、裏側に2つの穴があり、主旋律を奏することが多く、小さいわりには音量は大きい。音域は1オクターブ程度。

 

第5回寺スクール3西光寺の指方伊織さんの節談説法も披露されました。

日本仏教の布教手段として発展した節付きの説法で浄土真宗固有の説法スタイルです。仏教に馴染みのない聴衆に伝わりやすくするために、話す文句(説教)に抑揚が付き(多くは七五調)人びとの情念に訴えかけるように工夫されたものです。現代の法話とは違い楽器なしの素語り形式で行われます。

このようにことばに抑揚をつけて行う説教は6世紀の仏教伝来以来、平安時代や鎌倉時代にも行われていたと言われています。浪曲や、講談や落語などの先祖ともいわれているそうです。

 昭和期には、説法師が真宗の寺々を旅をしながら浄土真宗の教えを説いて回ったと言われています。

大谷派では真宗同朋会運動が盛んに成るにしたがって、しだいに衰退していきましたが昨今注目され、見直されているようです。


第5回寺スクール2今回の参加者とスタッフの皆さんです。楽しいひと時でした。

たいへんおつかれさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋季彼岸会をお勤めします。

しみじみと
彼岸の人を偲ばする
大悲無倦の秋の夜の月

         金子大栄

 

今回のテーマは「亡き人に遇う 仏法に遇う」と題してお勤めいたします。

 私たちは彼岸の人を通して遇うべき教えにあわせていただきます。その中で誰もがやがて帰るべき世界のあることやその還るべき世界のある人生の豊かさを感じることでしょう。そしてまたその教えに出遇えたご縁とご恩の有り難さもあらためて味えればと思います。
いよいよ絶好の聞法の季節となりました。

どなたも有縁の方々を誘いあってぜひ彼岸会の法要に参詣ください。

 

なお、当案内状はご家族皆さんへのお知らせです。したがいましてご門徒の有無に関係なく、案内状の届いていない方々にも参詣をおすすめください。

 

ご講師:渋谷行成氏(熊本教区駐在教導 日豊教区珀明寺若院)

 

 

 

徳風29号 聞法道場

<講と両堂再建>

明治期、大谷派は「相続講」の結成を宗門挙げて取り組みました。この頃の日本は大きな時代の転換期にあり、これまで仏教を礎とした国策を撤廃した時代。
そのため世情は混乱を極め、仏教排斥運動も激化しました。
その最中「蛤御門の変」によって両堂を消失した宗門は徳川の後ろ盾を失っていました。さらに新政府に様々な無理難題を押し付けられた事により莫大な借財も抱えていたのです。この混迷を案じた我々の先達が「原点に帰り門徒の志によって聖人の教えを再興しよう」と発案したのが相続講です。幸いにこれが機縁となり全国の門徒の愛山護法の精神により両堂再建と莫大だった借財もほぼ返済。宗門は息をみごとに吹き返しました。こうして相続講は念仏相続を根本の願いとしながら宗門復興に絶大な力を発揮したのです。
時代は変わっても、あなたの家庭に親鸞聖人の教えが相続されているのはこの「講」のお陰なのです。
上の写真は左底講の『おふみさら御文浚い』の様子です。左底では毎年報恩講と御文浚いが行なわれます。御文浚いはお坊さんと一緒にお昼までかかって読めるところまで声に出して読みます。毎月25日の夜には聞法会を開き、お坊さんをお招きして聖人の教えに親しんでいます。

寺報 徳風 掲載記事 「毎日が報恩講」

古来より門徒は親鸞聖人の祥月命日を『報恩講』または『ごしょうき御正忌』と呼び習わし大切にお勤めしてきました。また浄土真宗は「報恩講教団」とも言われ、門徒は各家庭に至るまで皆で報恩講をお勤めするものであるとも言われています。
  その由来は、法然上人の遺言である
『没後二箇条事(もつごにかじょうのこと)』にあります。「私が亡くなった後は、追善仏事ではなく報恩仏事を行うように」という趣旨の言葉を遺され、親鸞聖人滅後の遺弟はその言葉をまもり伝えて聖人の命日を『報恩講』としました。そして今日でも全国のお寺で毎年勤められています。
この遺言にある「追善仏事」とは、旧来の日本仏教にみられる死者の冥福を祈る様な仏事のあり方です。これに対し、法然上人が示された「報恩仏事」とは、亡き人の死を通して、そこに集う者達一人ひとりが阿弥陀如来のお心に遇う事が仏事の本意であり、仏の心に適うのだと記されています。
このことによ由って浄土真宗の仏事は死者の冥福を祈るための仏事ではないと言われています。そして、毎日の仏事のすべてが親鸞聖人や亡き人を通して阿弥陀如来の教えに出遇うための報恩講であるとまで言われてきたのです。(住職記) 寺報徳風第29号より転載

真宗本廟 子ども奉仕団に参加しました。

『真宗本廟子ども奉仕団』に子どもたちと行ってきました。日本全国から総勢190名が集まりました。うち長崎からは27名。萬行寺からは3名が参加。同朋会館にて沢山の友達と一緒にお勤めや仏様のお話を聞いたりして楽しい一日を過ごしました。また、朝のお勤めの後、親鸞聖人の前で多くの人に見守られながら帰敬式を受け法名をいただきました。新たな仏弟子の誕生に感動しました。この経験は一生の思い出になることでしょう。

2019年 日曜学校お泊まり会(初日)

今年も雪浦・真光寺の日曜学校のお友達と一緒にお寺で楽しい夏の思い出作りをしました。

雪浦の真光寺さんと合同の日曜学校の交流として一昨年から始めたお泊まり会。

今回は保護者の参加(もちろん泊まりません)もあり、さらに賑やかなお泊まり会になりました。

あらかじめ準備万端で臨んだのでさほど慌てることなく、無事に終わりました。

子どものつどいはお寺の生命線と言っても過言ではないほど大切なものだと考えています。これからの時代の担い手を育てると言う意味において、教えるものが教えられると言う意味でも、子どもたちがそこにいるということも大事なことです。


今回は父母さんの参加もあり、さらに賑やかで楽しい集いになりました。
開会式の後は竹細工、夕方は読み聞かせをしていただきました。日頃、仏さまの教えに触れる機会の少ない子どもたちにとって見るもの聞くものが初めてごと。お寺は学校では教えてくれない事が聞けるところ。そこにこそお寺の存在意義があるのではないかと思います。

 

 

 

午後から集まって結成式。

みんなで正信偈のお勤めをしました。日校お泊まり2019-1

その後は毎年恒例の全員集合で記念撮影。去年参加の子もいます。それぞれ成長しました。久しぶりの再会です。毎年撮影するとそれぞれの成長が面白いでしょうね。


 

 

 

 

開会式の後は竹細工を作ります。去年は竹ぽっくりと竹馬を作成しました。今年は竹てっぽうと竹ぽっくりにしました。竹てっぽうは高学年のお兄さんお姉さんたちに人気。

 

 

 

 

 

 

竹ぽっくりは小さい子たちに人気です。まずは絵の具で思い思いに絵付けをします。

 

 

 

 

 

     

その後は夕食。

 

子どもたちはすぐに覚えます。

夏のキャンプなどで定番のカレーライス。

去年は楽しさのあまり食べすぎた子もいました。

ほとんどの子がいつもよりたくさん食べていたようです。

 

 

今年は去年より参加者も増えたこともあってさらに多めに作っていたようですが、それもほとんど完食。次々にお代わりがやってきて厨房は大忙し。

別に作っていた大人カレーも人気でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなで食前食後の言葉を唱和して一緒にいただきます。

 

夕食の後は読み聞かせや手遊びなどをしていただきました。仕事が終わってやってきてくださったお母さんや止まらずに帰るこを迎えにきてくださったお母さん方も一緒に聞きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は音楽と歌が入ってさらに楽しくなりました。

雰囲気もよくみんな楽しく集中していました。お話しする方も楽しそう。

こう言ったことは互いの呼応が大切ですものね。
最後は時津ふるさとカルタで盛り上がりました。

特に「て」のカードは大人気。理由は「寺は浜田の萬行寺」だからです。まさに争奪戦。

 

さて、夜は更けていきます。

布団に入ってもいつもとは違う雰囲気や友達と遅くまでいることの楽しさで寝ない子や不安で眠れない子もいたようです。

 

おやすみなさい。

 

 

大谷派のお盆の荘厳 〜切子灯籠〜

お盆近くになるとお参り先で「お盆の提灯はどうしたらいいでしょうか?」という質問を多く受けます。

大谷派の正式な荘厳は提灯ではなく上の写真のような『切子灯籠』と呼ばれるものを内陣脇の余間に吊るします。

一般家庭ではほとんど見られることのない灯籠です。

お盆前に本堂余間にかけますので本堂に上がって参考にしてください。
家庭のお内仏に掛けるならば、脇の柱に掛けるなど、仏間の状況に合わせ工夫しすると良いでしょう。 また、お墓や玄関先に灯すといわれる所謂「迎え火」等の提灯は正式に定められた作法はありません。したがって迷信に惑わされぬよう適宜判断して使用ください。

 

 

 

 

7月の法要ごあんない

=============ごあんない================

 

蝿一つ 打っては南無阿弥陀佛かな     小林一茶

 

かつて人々は山川草木や路傍の虫にも手を合わせて生きていました。すべてのいのちと共に生きる中で頭の下がる心を育んできたことでしょう。
その一方、私たちの生活はかつてのような時代とは決定的に何かが違う。そう感じることはないでしょうか。この違和感は一体何なのでしょう。

 昔より、田植えが終わると農作業のために無数に殺した虫たちのいのちを拝むため、門徒相寄ってお寺で「作上がり法要」を勤めてまいりました。

私たちはこれまでに頂いてきた無数のいのちに頭が下がったことがどれほどあるでしょうか。今一度、私たちの在り方を仏法に訪ねてまいりたいと思います。夏のひととき、お寺でお待ちしております。 

                              御門徒各位 萬行寺

 

講師:内藤 義英 師 (愛野町 光西寺前住職)

 

日時

時間

お勤め

詳細

12日(金) 10:00 ~ 12:00 お勤め:正信偈/念仏/和讃/御文

19:30 ~ 21:00

お勤め:正信偈/念仏/和讃/御文

13日(土)

10:00 ~ 12:00

お経(仏説阿弥陀経)/正信偈

兼修/真宗婦人会 物故者追弔会

 

〈  携 行 品  〉
●大 谷 聲 明 集(上)・・・・・・・※『大谷聲明集』をお持ちでない方は「大谷派勤行集(赤本)」を持参ください。
●肩 衣
●念 珠
(※肩衣や勤行本、その他、お経・書籍などはお寺で購入できます。)

 

作あがり案内1

 

作あがり案内2

 

九州教学研究所 長崎分室 移動例会 in 京都・奈良

 

3日目は法隆寺と中宮寺です。いや〜去年も同じ月にきましたが、何度きてもいいですねぇ〜。

今回は残念ですが全く時間がなく、駆け足でほとんど見る時間もなく過ぎ去ってしまいました。

いつきても圧巻の伽藍建築。これを見るだけでもきた甲斐がありますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天気も上々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢殿にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯円(ゆいえん)ゆかりの寺

その次は吉野まで足を伸ばし、『歎異抄(たんにしょう)』の著者と言われる が開基と言われるの寺院です。歎異抄の作者として有名な「唯円大徳(ゆいえんだいとく)」の終焉地といわれる、本願寺派の立興寺を参拝。

ご老院にお話いただきました。

本当に知らなかったのですが、御伝鈔に「熊野参詣」というくだりがあります。そこに出てくる親鸞聖人の門徒である常陸国大部(おおぶ)の平太郎という人物が登場しますが、その人の弟の平治郎であるとされる説があるのだそうです。

唯円はこの地において、正応二年(1289)二月六日、六十八歳で死去したと伝えられていて大変驚きました。

本堂裏から上がったところに唯円さんのお墓もありました。

最終日は時間の都合もあり、少々慌ただしくなってしまいましたが、なんとか全日程をクリアしつつ、大変有意義な研修でした。