秋季彼岸会をお勤めします。

しみじみと
彼岸の人を偲ばする
大悲無倦の秋の夜の月

         金子大栄

 

今回のテーマは「亡き人に遇う 仏法に遇う」と題してお勤めいたします。

 私たちは彼岸の人を通して遇うべき教えにあわせていただきます。その中で誰もがやがて帰るべき世界のあることやその還るべき世界のある人生の豊かさを感じることでしょう。そしてまたその教えに出遇えたご縁とご恩の有り難さもあらためて味えればと思います。
いよいよ絶好の聞法の季節となりました。

どなたも有縁の方々を誘いあってぜひ彼岸会の法要に参詣ください。

 

なお、当案内状はご家族皆さんへのお知らせです。したがいましてご門徒の有無に関係なく、案内状の届いていない方々にも参詣をおすすめください。

 

ご講師:渋谷行成氏(熊本教区駐在教導 日豊教区珀明寺若院)

 

 

 

徳風29号 聞法道場

<講と両堂再建>

明治期、大谷派は「相続講」の結成を宗門挙げて取り組みました。この頃の日本は大きな時代の転換期にあり、これまで仏教を礎とした国策を撤廃した時代。
そのため世情は混乱を極め、仏教排斥運動も激化しました。
その最中「蛤御門の変」によって両堂を消失した宗門は徳川の後ろ盾を失っていました。さらに新政府に様々な無理難題を押し付けられた事により莫大な借財も抱えていたのです。この混迷を案じた我々の先達が「原点に帰り門徒の志によって聖人の教えを再興しよう」と発案したのが相続講です。幸いにこれが機縁となり全国の門徒の愛山護法の精神により両堂再建と莫大だった借財もほぼ返済。宗門は息をみごとに吹き返しました。こうして相続講は念仏相続を根本の願いとしながら宗門復興に絶大な力を発揮したのです。
時代は変わっても、あなたの家庭に親鸞聖人の教えが相続されているのはこの「講」のお陰なのです。
上の写真は左底講の『おふみさら御文浚い』の様子です。左底では毎年報恩講と御文浚いが行なわれます。御文浚いはお坊さんと一緒にお昼までかかって読めるところまで声に出して読みます。毎月25日の夜には聞法会を開き、お坊さんをお招きして聖人の教えに親しんでいます。

寺報 徳風 掲載記事 「毎日が報恩講」

古来より門徒は親鸞聖人の祥月命日を『報恩講』または『ごしょうき御正忌』と呼び習わし大切にお勤めしてきました。また浄土真宗は「報恩講教団」とも言われ、門徒は各家庭に至るまで皆で報恩講をお勤めするものであるとも言われています。
  その由来は、法然上人の遺言である
『没後二箇条事(もつごにかじょうのこと)』にあります。「私が亡くなった後は、追善仏事ではなく報恩仏事を行うように」という趣旨の言葉を遺され、親鸞聖人滅後の遺弟はその言葉をまもり伝えて聖人の命日を『報恩講』としました。そして今日でも全国のお寺で毎年勤められています。
この遺言にある「追善仏事」とは、旧来の日本仏教にみられる死者の冥福を祈る様な仏事のあり方です。これに対し、法然上人が示された「報恩仏事」とは、亡き人の死を通して、そこに集う者達一人ひとりが阿弥陀如来のお心に遇う事が仏事の本意であり、仏の心に適うのだと記されています。
このことによ由って浄土真宗の仏事は死者の冥福を祈るための仏事ではないと言われています。そして、毎日の仏事のすべてが親鸞聖人や亡き人を通して阿弥陀如来の教えに出遇うための報恩講であるとまで言われてきたのです。(住職記) 寺報徳風第29号より転載

真宗本廟 子ども奉仕団に参加しました。

『真宗本廟子ども奉仕団』に子どもたちと行ってきました。日本全国から総勢190名が集まりました。うち長崎からは27名。萬行寺からは3名が参加。同朋会館にて沢山の友達と一緒にお勤めや仏様のお話を聞いたりして楽しい一日を過ごしました。また、朝のお勤めの後、親鸞聖人の前で多くの人に見守られながら帰敬式を受け法名をいただきました。新たな仏弟子の誕生に感動しました。この経験は一生の思い出になることでしょう。

2019年 日曜学校お泊まり会(初日)

今年も雪浦・真光寺の日曜学校のお友達と一緒にお寺で楽しい夏の思い出作りをしました。

雪浦の真光寺さんと合同の日曜学校の交流として一昨年から始めたお泊まり会。

今回は保護者の参加(もちろん泊まりません)もあり、さらに賑やかなお泊まり会になりました。

あらかじめ準備万端で臨んだのでさほど慌てることなく、無事に終わりました。

子どものつどいはお寺の生命線と言っても過言ではないほど大切なものだと考えています。これからの時代の担い手を育てると言う意味において、教えるものが教えられると言う意味でも、子どもたちがそこにいるということも大事なことです。


今回は父母さんの参加もあり、さらに賑やかで楽しい集いになりました。
開会式の後は竹細工、夕方は読み聞かせをしていただきました。日頃、仏さまの教えに触れる機会の少ない子どもたちにとって見るもの聞くものが初めてごと。お寺は学校では教えてくれない事が聞けるところ。そこにこそお寺の存在意義があるのではないかと思います。

 

 

 

午後から集まって結成式。

みんなで正信偈のお勤めをしました。日校お泊まり2019-1

その後は毎年恒例の全員集合で記念撮影。去年参加の子もいます。それぞれ成長しました。久しぶりの再会です。毎年撮影するとそれぞれの成長が面白いでしょうね。


 

 

 

 

開会式の後は竹細工を作ります。去年は竹ぽっくりと竹馬を作成しました。今年は竹てっぽうと竹ぽっくりにしました。竹てっぽうは高学年のお兄さんお姉さんたちに人気。

 

 

 

 

 

 

竹ぽっくりは小さい子たちに人気です。まずは絵の具で思い思いに絵付けをします。

 

 

 

 

 

     

その後は夕食。

 

子どもたちはすぐに覚えます。

夏のキャンプなどで定番のカレーライス。

去年は楽しさのあまり食べすぎた子もいました。

ほとんどの子がいつもよりたくさん食べていたようです。

 

 

今年は去年より参加者も増えたこともあってさらに多めに作っていたようですが、それもほとんど完食。次々にお代わりがやってきて厨房は大忙し。

別に作っていた大人カレーも人気でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなで食前食後の言葉を唱和して一緒にいただきます。

 

夕食の後は読み聞かせや手遊びなどをしていただきました。仕事が終わってやってきてくださったお母さんや止まらずに帰るこを迎えにきてくださったお母さん方も一緒に聞きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は音楽と歌が入ってさらに楽しくなりました。

雰囲気もよくみんな楽しく集中していました。お話しする方も楽しそう。

こう言ったことは互いの呼応が大切ですものね。
最後は時津ふるさとカルタで盛り上がりました。

特に「て」のカードは大人気。理由は「寺は浜田の萬行寺」だからです。まさに争奪戦。

 

さて、夜は更けていきます。

布団に入ってもいつもとは違う雰囲気や友達と遅くまでいることの楽しさで寝ない子や不安で眠れない子もいたようです。

 

おやすみなさい。

 

 

大谷派のお盆の荘厳 〜切子灯籠〜

お盆近くになるとお参り先で「お盆の提灯はどうしたらいいでしょうか?」という質問を多く受けます。

大谷派の正式な荘厳は提灯ではなく上の写真のような『切子灯籠』と呼ばれるものを内陣脇の余間に吊るします。

一般家庭ではほとんど見られることのない灯籠です。

お盆前に本堂余間にかけますので本堂に上がって参考にしてください。
家庭のお内仏に掛けるならば、脇の柱に掛けるなど、仏間の状況に合わせ工夫しすると良いでしょう。 また、お墓や玄関先に灯すといわれる所謂「迎え火」等の提灯は正式に定められた作法はありません。したがって迷信に惑わされぬよう適宜判断して使用ください。

 

 

 

 

7月の法要ごあんない

=============ごあんない================

 

蝿一つ 打っては南無阿弥陀佛かな     小林一茶

 

かつて人々は山川草木や路傍の虫にも手を合わせて生きていました。すべてのいのちと共に生きる中で頭の下がる心を育んできたことでしょう。
その一方、私たちの生活はかつてのような時代とは決定的に何かが違う。そう感じることはないでしょうか。この違和感は一体何なのでしょう。

 昔より、田植えが終わると農作業のために無数に殺した虫たちのいのちを拝むため、門徒相寄ってお寺で「作上がり法要」を勤めてまいりました。

私たちはこれまでに頂いてきた無数のいのちに頭が下がったことがどれほどあるでしょうか。今一度、私たちの在り方を仏法に訪ねてまいりたいと思います。夏のひととき、お寺でお待ちしております。 

                              御門徒各位 萬行寺

 

講師:内藤 義英 師 (愛野町 光西寺前住職)

 

日時

時間

お勤め

詳細

12日(金) 10:00 ~ 12:00 お勤め:正信偈/念仏/和讃/御文

19:30 ~ 21:00

お勤め:正信偈/念仏/和讃/御文

13日(土)

10:00 ~ 12:00

お経(仏説阿弥陀経)/正信偈

兼修/真宗婦人会 物故者追弔会

 

〈  携 行 品  〉
●大 谷 聲 明 集(上)・・・・・・・※『大谷聲明集』をお持ちでない方は「大谷派勤行集(赤本)」を持参ください。
●肩 衣
●念 珠
(※肩衣や勤行本、その他、お経・書籍などはお寺で購入できます。)

 

作あがり案内1

 

作あがり案内2

 

九州教学研究所 長崎分室 移動例会 in 京都・奈良

 

3日目は法隆寺と中宮寺です。いや〜去年も同じ月にきましたが、何度きてもいいですねぇ〜。

今回は残念ですが全く時間がなく、駆け足でほとんど見る時間もなく過ぎ去ってしまいました。

いつきても圧巻の伽藍建築。これを見るだけでもきた甲斐がありますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天気も上々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢殿にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯円(ゆいえん)ゆかりの寺

その次は吉野まで足を伸ばし、『歎異抄(たんにしょう)』の著者と言われる が開基と言われるの寺院です。歎異抄の作者として有名な「唯円大徳(ゆいえんだいとく)」の終焉地といわれる、本願寺派の立興寺を参拝。

ご老院にお話いただきました。

本当に知らなかったのですが、御伝鈔に「熊野参詣」というくだりがあります。そこに出てくる親鸞聖人の門徒である常陸国大部(おおぶ)の平太郎という人物が登場しますが、その人の弟の平治郎であるとされる説があるのだそうです。

唯円はこの地において、正応二年(1289)二月六日、六十八歳で死去したと伝えられていて大変驚きました。

本堂裏から上がったところに唯円さんのお墓もありました。

最終日は時間の都合もあり、少々慌ただしくなってしまいましたが、なんとか全日程をクリアしつつ、大変有意義な研修でした。

九州教学研究所 長崎分室 移動例会 in 京都・奈良

2日目はまず浄瑠璃寺に参拝。

 写真ではわかりにくいかもしれませんが、とても静かな山間にあるお寺です。

ご住職さまに説明をいただきました。

浄瑠璃寺の御本尊は阿弥陀仏です。といっても浄土真宗のようなご本尊ではなく、座った阿弥陀仏です。9体の阿弥陀仏がおられることから

 

その次はいよいよ奈良です。

やっぱりならはいいなと思います。

京都とはまた違う趣があって、仏教の深い歴史と大きさを感じます。

まずは薬師寺にて

 

 

 

 

次に興福寺を巡りました。

 

 

 

九州教学研究所 長崎分室 移動例会 in京都・奈良

九州には教学研究所という研究機関があります。長崎教区の長崎教務所内にその分室が置かれ、そこで毎月の定例会として今年度までの3年間、善導大師の『観経四帖疏』を学んまいました。この度その集大成として移動例会を行われました。

今回は京都・奈良の古刹・名刹などを訪ねる教学探訪の研修を行いました。

 

 

まずは伊丹空港からまっすぐ真宗本廟にお参り。おもえば去年の6月にも『大人の修学旅行』で参詣しました。その時も雨の心配がありましたが、見事な快晴でむしろ暑いぐらいです。

 

1人足りませんが、とりあえずパシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年にオープンした親鸞交流館内にある「真宗大谷派教学研究所」におじゃまして楠信生所長に「仏事と教学」という講題でご講義をいただきました。

仏事と教学

《ノートより》

教化の主体はあくまで「仏」。それに対して教化を受ける我々は諸化。我々が仏の教化をいただき、ともに仏の教えに出遇うから「仏事」という。

<諸仏の教え>

我々がご門徒にお葬式なの亡き人をご縁として接するときに言う「亡き人を縁とする」とは、亡き方を諸仏といただくところに大切な仏事の意義がある。
<儀式から学ぶ> 

●中村元先生の説によれば、インドで仏教が衰退した理由として仏教が次第に密教化して行ったことと儀式としての教化を持たなかったとこと挙げられる。と言われています。

●儀式には「懺悔」と「讃嘆」が含まれている。

●本願を通して人に出遇うのが仏事。

<信仰生活と荘厳>

これまで真宗の僧分はご門徒に永らく「お内仏は先祖壇ではない」と縷々語ってきたように思う。しかし、本当に浄化荘厳。つまり、お内仏が「仏まします世界の荘厳」であることをご門徒にしっかりお取り次ぎしてきたのかと言われると、我々は果たしてそのことをどれだけ語ってきたのだろうか。

この「仏まします世界」とは、如来が今現在説法したもう世界。果たしてお内仏が仏まします念仏の道場たり得ているのかどうか。

そこで聞名という事が大切ではないかと思います。宮城收萓犬呂海鵑覆海箸鮓世辰討られます。

どこまでいっても作心が退かない私たちに唯一作心を起こさせない行が『聞名』なのです。つまり、人間の作心、人間の意識を破って私の上に起こってくる歩みが聞名なのです。

●「伝える」は慢心の心。「伝わる」とは分かる分からんを超え、教えの私有化を破って行くのが聞名です。

 ご講義をいただいたあとは教学研究所内を案内していただきました。宗門の教学研鑽の各機関がここにあります。

 毎月発行の「教学研究」などなどの機関紙。あるいは経典や聖典などの様々な書物の編纂など、宗門の核となる教学の中心です。

今回初めて拝見させていただきました。中には久しぶりにお会いする方々も。どうもお世話になりました。

 

 

 

 

 

 

 


 そして東山にある臨済宗東福寺派の勝林寺さまにて初めての座禅体験。とても貴重なひとときでした。

 

 こちらのお寺は臨済宗。東福寺の塔頭(たっちゅう)なのだそうです。

人間は考える生き物。「考えるな」と言われても、考えないことを考えてしまうぐらい考える生き物です。

息慮凝心して次々に出てくる考えや思いを流してこころを一箇所に留まらないようにするのだそうです。

 

いい体験学習でした。