おとなの寺子屋講座 その2 〜お通夜編〜

  • 2018.10.23 Tuesday
  • 13:55

おとなの寺子屋講座  もしもに備えて知っておきたい仏事 その2 〜お通夜編〜

浄土真宗入門講座

 前回に続いて、今度はお通夜編を行います。

普段なじみのないお悔やみごとなだけに、「こういうときどうしたらいい?」とか、緊張する場だからこそ、失礼や失敗のないようにしたい。

だけど、何をどうすればいいのか、こういう時って何をすればいいのかわからないことって沢山あります。すぐには解決できないことですが、まず仏事の謂われや意義をまず知っておくことは大事です。

作法やしきたりなど、よく分からない、あるいは何でこんなことするの?という疑問は尽きません。知っていて損はしないもしもに備えて知っておきたい仏事。

25日 10:00から 

お待ちしております。

第3期 おとなの寺小屋講座がはじまります!

  • 2018.09.17 Monday
  • 14:00

毎月25日は、蓮如上人・法然上人ご命日として法座が勤まっています。

昨年からはおとなの寺子屋講座と銘打って「浄土真宗入門講座」を開いています。

今回は9月から新たに3回限定として下記のテーマで行います。どうぞお見逃しなく。

どなたが何回お参りされても結構です(参加費不要)。参詣された方には終了後、お弁当をお出ししますので、お寺まで連絡をくださるようお願いします。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーご案内ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 現在、テレビや雑誌などで紹介されている一般的な心得では浄土真宗の教えにそぐわないことが多くあります。
そこで大切なのは浄土真宗における仏事が何をするために行われる宗教儀礼であるのかをまず明確にすることが大事です。そこが抜ければ、仏事は一過性の通過儀礼に終わってしまいかねません。
そこで、今回からの講座は作法やしきたりや心得・由来などについても出来るだけ解りやすく紹介しながら、それぞれの仏事の意義や歴史についてもお話できればと思っています。


どうぞ有縁の方々を誘いあってお参り下さい。真宗大谷派 亀水山 萬行寺

 

 

秋の彼岸会のご案内

  • 2018.09.12 Wednesday
  • 20:07

暑さ寒さも彼岸まで。いよいよ、お彼岸の案内です。

今回の法要は右のテーマについて各ご講師にお話しいただきます。
私たちの暮らしの中で「浄土」という言葉を聞くことがなくなりました。言葉がなくなるという事は、「精神の死」であるといわれます。
浄 土は「いのちの帰す処」。または安心して生きて往くことのできる 土 (環境)であると宗祖はいわれます。そうであるならば浄土なき人生は、行くあてのない旅と同じで孤独で不安です。浄土は 眞 に往くべき 宗 (依り処)を失った現代に生きる人間を問うています。
どうぞ、お孫さんやご家族など有縁の人々を誘って、ぜひ参詣下さい。
 

 

お盆法要

  • 2018.08.13 Monday
  • 16:54

 盂蘭盆会のご案内

 

8月 13・14・15日の三日間

 

夕方7:00より

 

萬行寺本堂にて

 

仏説阿弥陀経(読経中に焼香があります)

 

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「盂蘭盆会(うらぼんえ)」は、目連(もくれん)尊者の母親が餓鬼道に墜ちているのを救うため、釈尊に教えられて法座を立てたことに由来しています。それは、目連自身が仏法を聞く縁に遇って、亡き母を餓鬼道に落としていた我が餓鬼の根性に気づかされる尊い仏縁でありました。

 お盆は、あらためて先祖・亡き人の声なき声に耳を傾け、我が身に目覚める聞法のご縁です。お寺で法座がある場合は、ぜひお参り下さることがもっとも尊い本来のお盆の意義であります。

 

 

第2回 真光寺/萬行寺 日曜学校お泊まり会

  • 2018.08.08 Wednesday
  • 15:01

お泊まり会1
今回で2回目のお泊まり会です。

雪浦の真光寺さんと合同の日曜学校の交流として去年から始めたお泊まり会。

今回は参加者の数も増え、賑やかなお泊まり会になりました。あらかじめ準備万端で臨んだのでさほど慌てることなく、無事に終わりました。

子どものつどいはお寺の紫金石とも言うべき大切なものです。これからの担い手を育てると言う意味でも大事ですし、教えるものが教えられると言う意味でも、子どもたちがそこにいると言うことも大事なことです。

日曜学校に来る子どもにかつて教えてもらったことですが、日曜学校は小学校では教えてくれないことを教えてくれるから好きだと言うのです。学校では習えない「本当のこと」があると言うことではないかと思います。そこにお寺である意義があるように思います。

児童教化は即効性のない地道な日々の積み重ねです。そのコツコツが積もって大きな成果が現れる。

井元麟之という人の言葉だそうですが、

 

一年の計りごとをなさんとするものは米を植える。

十年の計りごとをなさんとするものは木を植える。

百年の計りごとをなさんとするものは人を育てる

 

というものですが、一思いに何かができるようなものではないのでしょう。おそらく生涯を超えて歩もうと志すところに人が自ずと育って来るものではないでしょうか。

 

 

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