報恩講五日目 2020年1月26日

 報恩講の仏華は一年かかって育てます。山に200本近くの松苗を植えます。植えた松の枝がのびきってしまうと使い物になりませんし、背が高くなると使いにくいのです。一年に2・3回は剪定をして報恩講に備えています。

勿論その他の法要でも仏華は必須で華方さんには年に4・5回はお寺の仏華を立てていただいてます。

ですから華材は常に使えるように準備が必要です。そのためには日頃からの手入れが欠かせません。

 特に報恩講は松一式で立てるということもあり、幹作りから始めるとなるとずいぶん手が入りますし、普段の量に比べると倍近くの松が必要になってきます。

その他、普段でしたらカイズカイブキやイソシバやハランなども使います。

境内にない場合はあちらこちらで調達し、なければ花屋さんにお願いしたりと前準備もいろいろあります。そのため、華材となる木を所有している方や山を持っている方々など、色々な人に予めお願いしておくことなど、常に華材に目を配っておく必要もあります。

1月 26日(日中)    

先、総 礼

次、文類正信偈 行四句目下(赤節譜)

次、念仏讃   濁五三 

次、和 讃(高僧 六)

 初重「いつゝの不思議をとくなかに」

   「彌陀の廻向成就して」

 二重「応相の廻向ととくことは」

   「還相の廻向ととくことは」

 三重「論主の一心ととけるをば」

   「尽十方の無碍光は」  

    五遍反

次、廻 向  願以此功徳

次、改悔文

次、総礼

 

今日は日曜。

日曜学校にやってきた子どもたちも一緒に参詣しました。子どもにとっては新鮮なのでしょうね、一緒に文類正信偈を元気な声でお勤めしていました。

日曜日には子どもたちも当たり前に参詣している。現代では考えられない光景かもしれませんが、そんなことができればいいなと勝手に想像しています。

参詣席から日曜学校の子どもたちの「なんまんだぶつ」の声がよく聞こえていました。大人たちにはどのように聞こえたかな・・・。

昨今では、児童教化として年に一回、教区の事業として「こども報恩講」が大人とは別に勤められています。これは子どもたちにとって大変意義深く大事な集いです。

教区の集いではできないことを一般寺院で行うことが大事ではないかと考えています。そこで萬行寺では、あえて大人と子どもを分けず、子どもと大人も一緒に同じ法要にお参りする。そんな環境づくりができないだろうかと常々考えています。大人の真剣な眼差しを見て子どもたちはなんと思うのか。なかなか難しいとは思いますが、やるだけの価値はあるように思います。

 

←子どもの真宗聖典の落書き。「如来の名、我が浄土」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        名前の南無阿弥陀仏→

子どもってちゃんとご法話聞い反応しているんですよね。

大人はすぐに「どうせわからんから聞かせても・・・」といいますが、仏法は毛穴から入るのです。

 

一般の報恩講に子どもたちも参詣する事によって、いろんな刺激があるものです。子どもは子どもなりに難しいお話を静かに聞いてますし、大人は大人で聴聞している。子どもってよくお話を聞いているものです。

かえって大人の私たちが学ばせてもらうことが多いのです。

 

 

 本日の日中のご法話は役僧の三澤さん。

今回このようなテーマが設けてありますが、ここにある「私の願い」とはなんでしょうか。私は何を願いとして生きているのか。仏は苦悩の衆生を救うと言うけれど、私は救われたいとは思っていないのが事実ではないでしょうか。

自分の声を聞くことがなくなった。

ー聞法ノートー

<「聴」と「聞」>

「聴」とはこの私の耳で聴く。これは「私の分限」です。

それに対して「聞」というのは「聞こえてくる」ということで、これは「如来の分限」なのです。この「分限」とは身の程ということです。

 

浄土思想の起源は時空を超えた仏陀の正覚と人間の心の奥底に潜む永遠の願い(人間の本願)との 蓋相応するところにある。つまり弥陀の本願を信じて浄土に往生するという浄土教の根本義は、弥陀の本願と衆生の本願が相応一体となる感応道交するところに立つ(築山修道『鈴木大拙の浄土思想』)

 

 

 1月 26日(逮夜)    

先、総 礼

次、正信偈   真四句目下

次、念仏讃   濁 五 

次、和 讃(高僧 十六 源空和讃)

 初重「專修のひとをほむるには」

   「報の淨土の往生は」   

 二重「男女貴賤ことごとく」   

   「煩悩にまなこさへられて」

 三重「彌陀の報土をねがふひと」

   「極惡深重の衆生は」   

    五遍反   

次、廻 向   我説彼尊功徳事

次、改悔文

次、総 礼

 逮夜のご法話は役僧の林田さんです。

 如来は私の根本の願いに応えてくれている。しかし、私たちはその根本の願いが自分の願いであるにもかかわらず、わからない。

むしろ自分の願いを自身の欲望満足と捉えています。つまり自分の思いの延長線で願いや救いということを考えているということですね。

 如来の願いは抜苦与楽(ばっくよらく)です。苦しみを抜いて楽(ねが)いを与えようとされているのです。つまり苦しみを抜くということが楽(ねが)いを与えるということなのです。そのような形でもって我々の根本の願いに応えているのです。

 

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YouTubeのお寺でじぃーん配信!!

YouTube配信の「お寺でじぃーん」にてお話しさせていただきました。

よかったらご覧ください。お題は『迷惑』です。

報恩講三日目 中日 2020年1月25日

 法要には心得というものがあるそうで、それによると初・中・結。つまりどんなに少なくとも”この三座だけはお参りしとくべき”ということが礼儀・心得としてあるのだそうです。

それに加えて肝要の逮夜(萬行寺の逮夜は19:30から勤めています)は22日の初逮夜(しょたいや)・25日の中逮夜(ちゅうたいや)・27日の大逮夜(おおたいや)といわれ、この三座もお参りする心得が必要だと言われています。つまりできるだけお参りするようにできているのです。

 法要は萬行寺ならば一年間に春秋の永代経・春秋の彼岸と作上がり、それから報恩講。一年間に6回、二ヶ月に一回法要が勤まっています。

この法要の中には重んずべき法要とその中でも比べて重要ではない法要とがあります。もちろんどれも重要でありますが、一応区別というものがあります。重要な法要ほど大切に丁寧に勤められ、必ずお参りするように心がけがあります。

その中でも報恩講は最も肝要であるといわれ大切にされてきました。たとえばお彼岸は全国の真宗寺院でも必ずお勤めするとも限りらないのですが、報恩講だけは日本全国の真宗寺院で必ず勤められています。

それだけに自分たちの血縁者の法事。ある意味では葬儀よりも重要視されています。

それだけにお勤めや準備も手数が多く、しかも丁寧に重々しく勤められます。したがってお勤めの時間や期間や準備も他の法要に比べて長く手がこんでいます。

 

この時期が近づいてくる度にこれまでの一年間を思い出したりして、落ち着かなくなります。

ちょっとやそっとでは動かない重い腰を上げさせられるのも報恩講のお陰ではないかと思います。そういった意味では大変なだけに大事な謂れがあるのだと改めて考えさせられます。

 

本堂や各家庭におけるお内仏の荘厳もフル装備。それなりの重さを持って大切に大事に勤められるのが報恩講なのです。

式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『本師龍樹菩薩は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「三箇条」


式次第
<中日中>10:00~12:00
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三

 

和讃     『生死の苦海ほとりなし』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』   

 この日の日中のご法話は役僧の此松さん。この度、中日という大役を仰せつかった此松さん。この萬行寺に役僧として来られて13年ほどになります。この度、自坊に拠点を移されることになりました。この報恩講が皆様の前で御法話をするのは最後となります。

考えてみましたら、人は初めから何かわかっているわけではありません。

そのなかで人にお世話になり、お世話しながらたくさんの方のお育てを賜っていく。そのご縁のあることをありがたくも教えていただきました。すべては如来のお手回しの賜物だと感じます。

 

 

<聞法ノートより(一部のみ)>

世間の願い・・・・叶う

仏の願い・・・・・称う

世間の願いは自分の要求に叶うことが願いとされる。だから「私の願いを叶えてくれ」と私の要求を仏に要求する。だけれど、仏(浄土)の願いはそれとは違う。仏の願いは称(かな)うと書きます。親鸞聖人の受け止めは仏の願いが私の願いとなる。私の願いが仏の願いになる。このことを称(かな)うというのでしょう。


此松さんが御法話を終わられた後「これが最後のお話でした」と締めくくりました。その途端に参詣席からは「え、本当ですか?」という驚きの声が上がりました。
その声を聞いた瞬間にふと思い出したのが「聴聞の心得」という言葉です。

一、この度のこのご縁は 初事と思うべし
一、この度のこのご縁は 我一人の為と思うべし
一、この度のこのご縁は 今生最後と思うべし

人生は一期一会です。その賜ったご縁を常に上の言葉のように常にいただくことができたらどんなに良いかとおもいます。

聴聞に訪れた方々はまた今度があると思って聞いていたのかもしれませんね。

しかし、考えてみると一期一会の中でどの瞬間も初事であり、今生最後であり、たった一度のたった一人の人生を生きさせていただいています。にもかかわらず、この勝縁を初事といただくことのできない自分に私たちはやっぱり愕然とします。

まことにありがたい一時でありました。

 

 

 

 夜座(19時半から)は親鸞聖人のご生涯の物語が書かれた御伝鈔(ごでんしょう)といわれる巻物が拝読されます。 御伝抄とは、親鸞聖人の曾孫にあたる本願寺第三代の覚如上人(かくにょしょうにん)が、親鸞聖人の遺徳を讃仰(さんごう)するため、聖人の33回忌にあたる建仁2(1294)年にその生涯の行蹟を各地を尋ねて聞き集めたものです。

そのエピソードを数段にまとめて記述された詞書(ことばがき)と、その段の詞書に相応する形で書かれた絵巻物として成立しました。

しかし、写伝される過程でその図絵と詞書とが別々にわかれて流布するようになり、この図絵の方を「御絵伝(ごえでん)」といい、詞書のみを抄出したものを『御伝鈔(ごでんしょう)』と呼ぶようになりました。

 この『御伝抄』は上下巻の二巻に分かれており、この二つを真宗本廟では続けて読まれていますが、これを行うとかなり所要時間のため、萬行寺では長年上下を二年に分けて拝読してきました。

 今年は下巻を拝読。拝読者・絵解きともに住職が行いました。

本堂の照りを消し、ロウソクの明かりのなか、親鸞聖人の生涯が書かれた御伝鈔が運ばれ、荘厳な雰囲気で拝読されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年、御伝鈔の練り出し(御伝鈔を運んでくる役)は若手の御門徒さんにお手伝いいただいてます。

今年はこのお二人。

連絡をすると気持ちよく引き受けてくださいましたありがとうございます。毎年定番の装束の裃(かみしも)です。

この裃とは肩衣(かたぎぬ)の原型でもあるそうです。裃を折り畳んで作ったのが肩衣で、さらにそれを略したものが多くのご門徒がかけている略肩衣と言われるものです。まさか裃が原型だなんて思えないような形です。

ちなみに「畳輪袈裟(たたみわげさ)」と言われるお坊さんの輪っか状の袈裟がありますが、これは五条袈裟を畳んだものだと言われています。

いつも思うんですが裃って、時代劇ならもってこいの装束ですよね。お二人とも風格があってなかなかお似合いです。毎年のことながらいいなと思います。できれば来年もお願いできないだろうかと思っています。どうぞよろしくお願いします。



御伝鈔拝読のあとは御絵伝の絵解きと解説です。

今年は住職が行いました。写真に写っている拡大されたタペストリー状の御絵伝は西海市にあるお寺、帰命寺さんから特別にお借りしたもの。一つ一つのシーンを解説するにはとても良いものです。

この日は終了時間がいつもより長い9:30まででした。

 





 

報恩講二日目 2020年1月24日

萬行寺ではお寺の報恩講と在家報恩講だけですが、お勤めの最後に拝読文(はいどくもん)として改悔文(がいけもん)を読むことになっています。本願寺派では領解文(りょうげもん)と言われているもので、文章は以下のとおりです。

 もろもろの雑行(ぞうぎょう)雑修(ざっしゅ)自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御(おん)たすけ候へとたのみもうして候。たのむ一念のとき、往生一定(おうじょういちじょう) 御(おん)たすけ治定(じじょう)と存じ、このうへの称名は、御恩報謝と存じよろこびもうし候。この御ことわり聴聞申しわけ候こと、御開山聖人ご出世の御恩、次第相承(しだいそうじょう)の善知識(ぜんじしき)のあさからざる御勧化(ごかんけ)の御恩と、ありがたく存じ候。このうえは定めおかせらるる御掟(おんおきて)、一期をかぎりまもりまうすべく候。           という文です。印刷したものをお勤めの本などに貼ってもらっています。この改悔文、詳しくことはよくわかりませんが現在の大谷派ではあまり読まれなくなったようです。古い勤行本(赤本)には掲載されていましたので、読まれていたのだと思いますが、いつの頃からか掲載されなくなりました。一説によれば「次第相承の善知識」という一文に問題があるということも聞きますが、さてどうでありましょうか。
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報恩講二日目 2020年1月23日

2日目。晴れ

 22日の初日中より法話はご講師の岡本英夫先生(島根県浜田市 徳泉寺住職)です。先生は萬行寺の報恩講は22年目と聞いてびっくりです。

お参りされた御御門との一人が「亡くなった親父が、岡本先生は本当の話をされるからお寺に行きなさい。とよく云っていっていました。」と言われた方がありました。そのお父さんは亡くなられて去年七回忌が勤められました。

その方はどういう思いでお参りされているかはわかりません。それでもいつか、自分の親がこの話を聞いて感動したんだなと思ってくだされば良いなと思います。

今回もテーマを設けさせていただきました。

<報恩講テーマ>

 〜還相廻向〜 

仏のねがいは私のねがい

私のねがいは仏のねがい

といたしました

<法話メモ>

○浄土真宗の主語は如来。如来の真実をいただく。

○廻向 とは向かう方向を転換させること。

○私たちには真実の廻向なし、真に向かうべき方向に向くことのできない人間(私たち)に真に向かうべき方向は阿弥陀の浄土なのだと如来の方から私たちに向けて言葉をかけてくださる。(欲生我国=我が国に生まれよと欲え)

○如来の方から廻向してくださる(如来廻向・他力廻向)

○如来は永遠不動であるが、救うべき者のために浄土を捨てて衆生の方に至ろうと誓われた。このことに対するご恩が我々にはある。

○この世界は(如来の)真実が明らかになった世界である。

○正定聚に住せしめようと。そして「必ず滅度に至ら閉めよう」と誓っている。

 

先生は24日の日中までです。お帰りになられた後もテーマに沿ってお話が展開されることだと思います。この法要は一週間。岡本先生からバトンタッチして萬行寺のお坊さん全員でこのテーマに取り組みます。それぞれいただき方が違いますし、経験や感じ方はそれぞれですので、楽しみです。

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報恩講初日! 2020年1月22日

ようやく初日です。
報恩講の時期は一年で一番寒い頃の法要ですが、今年は始まって以来ぐらいの暖かい初日です。

過去には雪が降ったことがあるくらいの寒さでしたが、それさえも考えられないほどの暖かさです。

初日中は覚如上人の『報恩講私記』拝読。

やっぱり格調の高い名文です。

読むたびに新しい発見と親鸞聖人に対する念いと本願寺を背負ってたつ覚悟を改めて感じます。この式文を書かれた方は本願寺第三代の覚如上人。その当時の年齢は25歳だったそうです。それから何度も草稿を重ねられ、現代の形になって伝えられています。

覚如上人は永仁2(1294)年、宗祖の33回忌をお勤めするにあたり、このご命日の法会(ほうえ)を『報恩講』と名づけられました。その命日にあたって拝読される表白(ひょうびゃく)文として『報恩講私記』が著されたといわれています。

当時より三十三回忌といえば、追善の仏事においては、三十三年間追善をすれば「先祖」になる回忌だといわれているのだそうです。その三十三回忌を覚如上人は、この法会において親鸞聖人が大谷家の単なる先祖ではなく、我々真宗門徒共通の『祖』。つまり『宗祖』であることを宣言すめるために報恩講私記は書されたともいわれています。

そして覚如上人63歳の時それまで「大谷廟堂」と呼ばれた廟所を「本願寺」という寺号を勅許され、本願寺を創建されました。

それ以降、次第に真宗の門徒の中で優位に立ちたいという願望が芽生えていったとも伝えられています。そのようなこともあってのことでしょうか、覚如上人の本願寺中心主義に対する反発がしだいに芽生え、東国の門弟たちは次第に本願寺に背を向けるようになっていったと言われています。

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報恩講準備 6日目

今日で準備すべきことは一応終わりました。明日いよいよ荘厳します。とりあえずここで打ち上げ。労をねぎらって一杯飲みます。その後、御華束方は仕上げに入ります。

華方は一週間にわたって準備していただき、ありがたいことです。

これだけの時間を割いてまで華を立てていただくことが難しくなってきました。この状態がいつまで続くかはわかりませんが、できるまで続けるしかありません。

 

 

 

 

 「自分たちの報恩講」であるということを大事にするのであれば、どこまでもプロのような立派な華を立てることは無理なのしょう。大切なのは自分たち手で作ることです。真宗の宗門は門徒の志によって建立されてきました。

 親鸞聖人のご廟所である真宗本廟も聖人を慕う遺弟たちの念力によって相続されてきました。蓮如上人はこのことについて『御一代記聞書』において専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」と語られています。これは遺弟の志によって相続されてきたものということでしょう。

その志に優劣をつけることはできません、なによりも大事なことは、これだけ時間を割いて華を立ててくださる一人一人の志が尊いのだと思います。

 

華方はこの御正忌の仏華を立てるために一年かかって松山の手入れをしてきました。御門と所有の山に100本ほどの松の苗を植えて育てました。その松の剪定を一年に何回か行いながら仏華を立てています。

今日お寺の仏華は込藁作りから始まります。今日では剣山が主流なのだそうで、込み藁はあまり使れていないと聞いています。お寺の仏華は花瓶に込藁を使用して立てます。報恩講は松一式で立てています。理由は様々ですが一週間の法要だと花が枯れてしまうことや、枯れると途中で華を差し替えなければいけなくなることが考えられるので松一式であると聞いています。それだけではなく、松一式が儀式としては重んじされることから松一式で立てているのだそうです。重んじされる形式としては直真の方が好ましいようで、一時期は直真で立てていましたがこの頃は徐真で立てられています。

 


 

報恩講準備 5日目 その2

<準備日程>

   15日(水)新年互礼会(準備の確認)

   16日(木)仏華(21日まで)/おみがき準備

   17日(金) おみがき(担当地区:日並)

   18日(土) 餅つき準備

  ●19日(日) もちつき/御華束(20日まで)

   20日(月) 打ち上げ

   21日(火)荘厳/準備

   22日(水) 初日

 

並べて乾かした後は串に刺していきます。

<工程А

串に刺したら土台に巻きつけるようにして細い針金で固定していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<工程─

上に載せる須弥壇のように反っている部分は、段々になった何枚かの板に直接餅を釘止めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

R5314408.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハス型になっている餅は雨樋に入れて整形してミカンをのせます。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

組み上がりました。マスキングテープを貼って着色していきます。

IMG_0049.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食紅で赤と青の色をつけていきます。白が際立つ色ですね。ハス型の餅は雨樋を使って餅を乾かします。
 

 

仕上がりはこんな感じです。

 今年の御華束は良い感じに仕上がりました。色々と準備段階の根回しも上手くいき、スムーズに進んでこれまでずいぶんと御華束方が苦労していましたが、「まだ上手くいったとは言えない」と言っていましたが、お寺としてはこれまでの中でも出来の良い御華束ができたと思います。

出来あがったら並べて今日の作業は終了です。打ち上げを華方と御華束方でします。これで一安心。良い酒が飲めます。

 

 

報恩講準備 5日目

 

報恩講タイトル
報恩講のお知らせ 掲示板の文

恩講準備の中では1番の山場の1日。この一年の一大イベント「餅つき」です。この日からいよいよ御華束(おけそく)が立ちます。 そのため今日は約60名ほどの御門徒が一斉に集まって餅つきをします。

<工程 

まずは朝早くから餅を蒸すための釜に薪を入れお湯を沸かし、昨日から磨いでおいた餅米を蒸します。約4斗近くの餅米を蒸しますので、午前中いっぱいかかります。

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 昔は杵と臼で突いていましたが、この頃では機械で付くようになり、昔ほど人手がいらなくなりました。もちろん作業も少人数化して機械の導入によって捗るようにはなりました。しかし、手数が減った分だけお寺で何があっているのかわからない人も同時に徐々にではありますが増えています。

お寺の仏具磨きや仏華などもそうですがお寺ではおおよそのことがアナログ作業です。人によっては効率化を言われる方もありますが、それでもアナログ的な部分は必ず必要なのです。

機械化すれば作業効率も完成度もあがりますが、はたして合理化は私たちの生活を豊かにしてきたのだろうかといえばそうではないようにも思います。そうして徐々にではありますがお寺に足を運ばなくなる傾向が強くなるのではないかと考えています。そのような意味においてはアナログ的な部分はしっかり確保しつつ、適材適所に合理化を図ることは大事ではないかと考えています。特にお寺というところは人と人が出遇う場所でもあります。もちろん人を通して仏に出遇う場所がお寺の本質なのですが、合理化に流されて大切なことを失っている現代社会にはかえってお寺がそのことを大事にしているということは大きな意味を持つように思います。

 

<工程

蒸された餅米を機械でついていきます。二台の餅つき機がフル活動。

一年に一回の稼働なので時々トラブルがおこることもありますが、今年はなんとか最後までお仕事できました。しかし、手でついていた頃のことを考えると大変だったんだろうなと思います。

 

 

 

 

<工程

ついた餅を今度は棒で平らにのばしていきます。この時に均一に同じ幅でのばしておかなければ御華束を組む時に餅の数が足りなくなったり、変形の原因になったりします。そこの人、責任重大ですよ!

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この道具たちは家具職人の御門徒さんが日本一の「御華束を作るぞ!」と一年発起し、仲間を連れて本山まで研修に行ったりして、御華束作りを学ばれました。

 それからあちらこちらのお寺の御華束を報恩講の終了後に借りてきて解体して研究した末に編み出された道具たちです。

この道具たちのおかげで今日でもシステマチックな御華束作りができる有難い道具たちです。こうみえてもかなり合理的なんです。

 

 

 

工程ぁ笋里个靴震澆鮨由だ鐔僂念譴聴譴弔り抜いていきます。その数は約5700個です。

この方式は餅の余りが多く、ムダも多く出るところがデメリットなのですが、一個一個の餅の大きさや厚さを均等に保つためにはこの方法が今のところ一番良い方法のようです。

出来るだけくり抜く時にムダの少ないように上手にくり抜いてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

手製のくりぬき機。随所にいろんな工夫があります。庫裏のお内仏と本堂に御華束

が荘厳されますので、それぞれ大きさが違うのでくり抜き機も大きさが違います。

 

 

 

 

 

 

 

工程

R5315322.JPGくり抜いた後は机に並べて乾燥させ、餅についた粉を一個づつたわしで軽く擦って落としていきます。

この作業が単純作業なのですが時間と人手がかかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工程

互い違いに竹串に刺していく。

もちつき4

 

 御華束は餅で作りますので、乾ききってしまうと加工ができなくなります。ですから乾いてしまう前に串に刺してしまわなければいけません。

今年は例年より暖かい冬ですので餅の固まる速度がいつもより遅くなりそうです。早く組みすぎると重ねた餅の重さで潰れてしまうなど、変形をおこしてしまいますので。

その都度、餅の乾き具合を見ながらの作業です。ベテランの陣頭指揮がものを言いますね。

 

下の写真はお内仏用の餅をくり抜いたものを串に刺して並べたものです。

 

 

 

もちつき3 本来、報恩講の御華束は須弥盛御華束(しゅみもりけそく)といわれています。トウモロコシをイメージしたらわかりやすいと思いますが、餅が真っ直ぐ串刺にされ綺麗にならんだものなのですが、萬行寺では昔より杉盛華束で組まれています。その理由は綺麗だからということのようなのですが・・・・。

 

 

 

 

 

報恩講 準備3日目

IMG_0039.jpg 準備の始まりはまず「お磨き」です。「おみがき」とは、法要の度に仏具を磨いてお迎えする大切な準備です。

今回は報恩講ということで親鸞聖人をお迎えするため、いつもより念入りに磨きます。萬行寺では年間に6回の法要と毎月の定例が2回あり、全て数えると74の座がつとまっています。

 そのなかでお磨きを行う法要が年に4回あり、各地区ごとに3年に一回程度、おみがき当番が巡ってきます。その度に集まった方々のなかで「自分の家でもしてみよう」といって帰っていかれる方があります。それを聞いただけでも十分にお磨きをの意義があるのではないかと感じます。

 今回は報恩講とあって、仏具の数も多い分時間もかかります。担当地区は日並地区。いつもよりもさらに丁寧に磨いていただきましたが、数が多いために時間がお昼時間を超えてしまいました。

 多くの仏具は寄付された方の名前や日にちなどが記載されています。それを見ると戦時中の金属の供出で出されたあと買い求めたものがほとんどです。長崎に原爆が落ちて焦土と化したなかから皆が苦労して買い求めたものだろうと想像すると、仏法を慕う先達がどのような気持ちで仏具をもとめたのが伝わるような気がします。

 

華方は午後から集まってミーティング。それぞれの持ち場と注意事項やスケジュールの確認を行ったあと、華材をいただきに山に入ります。これより華方は毎日朝から夕方までかかって松一式の仏華を8杯立てます。法要終了後には平常時の仏華を立て替えて終了になります。19日からは御華束方もやってきて本格的な準備が始まります。

 

 

 

 15日の講頭総会にて特別に用意した資料です。

『ちょこっと拝見!報恩講』。準備に参加したことのない方のために少しでも報恩講の雰囲気や裏方のご苦労を知っていただきたいと思いカラー刷りにて作成いたしました。

 それぞれの各地域のご門徒がどんな活動をしてこの一週間の報恩講を支えてくださっているのか、どんなことが行われているのか雰囲気だけでも知っていただけたらと思って作ってみました。